のりことあやしい旅館8
「あんなきれいな男の人はじめて見ました」
「まあ、かわった存在ではありますからね」
「……あのひとが言っていた『組織』ってなんですか?」
話をふると
「あなたが知らなくともよいことです」
ピシャリと言うと、番頭はカウンターうらのせまい板間(「帳場」というらしい)にある小さな金庫にその封筒をしまって鍵をかけた。そして時計を見ると
「おい、クワク!準備をおし。――おじょうさま、もうしわけありません。あなたをお部屋に案内すべきですが、もうそろそろお客さまがいらっしゃるころです。少々おまちいただいてよろしいですか?」
「いいよ、べつに」
のりこがラウンジのソファにもたれかかると、ほんとうにメッヒの言うとおりになった。
客が続々とチェック・インしだしたのだ。
「――いらっしゃいませ……あっ、これはクラレーヴァ。ようこそおいでくださいました」
「ドゥーブルィ・ヴェーチェル(こんばんは)、メッヒ。一年ぶりね。――やあ、クワク。あいかわらずこの悪魔にこき使われているのかしら?」
「さようでござる」
「バカなことを言うんじゃない、クワク。――いやはやクラレーヴァもおたわむれを。私はなにもクワクと羊皮紙の契約などかわしておりませんよ。それより、あなたさまはあいかわらずお美しい」
常連なのか、ロビーに入ってきたとたん番頭と軽口をたたきあうその白人女性はたしかに美しかった。先ほどのルーシェにも負けない。背もすらっと高くモデルさんみたいだ。
会話を聞いていると、どうもロシアから来たらしい。孔雀色のてかてかとしたTシャツとジーンズのみの格好に、スタイルの良さがきわだっていた。ただ、そのコーデは全体に緑みがかっていて、まるで
(へびみたいだ)
と、のりこは思った。
「ふん」
クラレーヴァは、賞賛の声などふだんからあびつづけているのか、当然に受け流すと、まるで女王のように優美に荷物をクワクにあずけた。
「もう、叔父上にはあいさつなされたのですか?」
「後で行くわ。あのおじさんは寝てばかりいるから。きげんの良い時でないとね」
「そうですか?それでいかがでしたか?今度の日本旅行は?」
「石見や別子にも行ったのだけど、もうひとつだったわ。やっぱり、ここで出されるものが一番ね……」
そう言ってクワクに流し目を送ると、
少年は「ヘヘッ」とはにかんだ。