のりこと時空の部屋15
のりこの問いに母親はいぶかしい表情で
「――なに言ってるの?この子は。まだねぼけているのね。こどもが帳簿つけなんてするわけないでしょう?それに廊下やトイレの掃除なんて『つまらない』こと、あなたにさせるはずがないでしょう?」
(つまらない?いや、そんなはずない。掃除が一番だいじ、って「あいつ」が言ってたもの……あれ?あいつって、だれだろう?)
なにかをわすれてしまっている気がする。わすれてはいけないだいじなことを。
しかし、そのことを思い出そうとすると、なんだか頭が痛くなる。
そんな苦しそうにうめくのりこを見て、家族たちは顔を見あわせた。
少女は気づいていないが、彼らの目の光は虹色にふるえている。
「――どうしたの?のりこ。体の調子がよくないようね。ピアノ教室は休んだら?」
「――そうだ。なんなら学校だって休めばいい」
「家族」が心配そうにかこむと
「ううん、だいじょうぶ。あたし行かないと」
頭を痛めながらのりこは言った。
「――行くってどこへ?この家以外に、どこにおまえの居場所があるっていうの?実の家族に囲まれている以上の場所があるはずがない」
(家族……そうだ……あたしはこどもだもの。家族がいないとおかしい。おとうさんとおかあさん、それになんならやんちゃなお兄ちゃんもいて、そこで毎日みんな仲良く、あたたかいご飯を食べて……それが「あたりまえ」だ)
「そうよ、のりこ。あたしたちがそばについているから、安心して休みなさい。そう、あたしたちといっしょに、ずっといつまでもここに……」
家族たちに言われるがまま、目をつぶろうとするのりこだったが
(なんだろう。むねのあたりがあつい……)
ぼんやりとした頭のまま、自分のむねに手をやると
(なんだろう、これ?……ペンダント?……いや、ちがう。これは……鍵?そうだ、旅館の鍵だ!)
「あたし、旅館にもどらないと!」
気をしゃんとしてさけんだのりこに対して、
まわりの家族たちは
「――旅館?そんなもの、どうだっていいじゃない。仕事がたいへんなだけで、なにも楽しいことなんてないでしょう?あたしたちといっしょにいれば、あなたがむかしから望んでいたとおりの『ふつう』の家の子としてやっていけるのよ」
のりこはつまった。
そのとおりだったからだ。
だれにも言ったことはないが、ものごころついたときから親のいない転々とした暮らしをしてきたのりこには、このように両親やきょうだいがそろった家庭へのはげしいあこがれがあった。
その心の奥底にしまっていた気持ちを見すかされた少女は、しかし、言いかえした。
「『でも』ちがう!こんなのはホントウの家族じゃない、ただの空想だよ!あたしのいる場所はここじゃない。あたしにはこんな家族はいないけど、旅館のみんながいる!あたしは綾石旅館のあるじだよ!」
そう少女がきっぱりとさけぶと同時に、その「まがいもの」の家族たちはとろけるようにくずれて……
消えた。




