のりこと時空の部屋3
「――それ、本気で言ってるの?」
あるじの問いにメッヒは肩をすくめて
「あまり行きたくはないですが……やむをえないでしょう。下のものが人間世界でなにをしようが私の知ったことではありませんが、旅館を荒らされてはたまりませんからね。
瘴気がわきだしたと知られては旅館の評判がわるくなるところですが、さいわい今朝はご宿泊中の『まとも』なお客さまはいらっしゃいません。
とにかく次のお客さまがいらっしゃる前にカタをつけましょう」
そう言うと、まるでゴキブリ退治に行くような気安さで地下のボイラー室へ下りようとする番頭に、のりこが
「あたしは?行かなくていいの?」
とたずねると、
メッヒはふりかえって
「……地獄くだりは、あなたには『まだ』ちょっと早いですね。今回は待機しておいてください。
それと、この瘴気には気をつけてくださいよ。ヘタにふれたら病気になりますから、さわらないように。
お美和とアンジェリカはこれ以上瘴気が広がらないように対策を。特に、今日ご来泊予定のお客さまのお部屋にはけっして近づけないように。それとクワクは……玄関前を掃除しておきなさい」
「はいな」
「わかりましたわ」
「……かしこまってござる」
みなに指示をあたえると、番頭は地下への階段とびらを開けた。
とたんに、黒く気疎いものが立ち上がってくる。
そのようすにまゆをひそめると
「これはもう、いちいち歩いてはいけませんね。……飛びますか」
そう言ったとたん、身にまとった袢纏の背中がもぞもぞしだして……
つきやぶって出てきたのは、あの二枚の大きな
(黒いつばさだ!)
そのコウモリのような飛膜をのばすと番頭は
「――じゃあ、ちょっと行ってきます」
瘴気をはらいながら、下めがけて滑空していった。
そのすばやさに、のりこは声をかけるひまもない。
件の注意を聞いて以来、のりこは番頭をあやしんではいた。
しかし、今のところ取り立ててわるいことはされていない。
(「気をつけろ」と言われてもなあ……なにに気をつけたらいいのかわからないよ)
考えに気をとられて、ぼうっとしていると
「――あるじ!あぶのうござる!」
クワクのことばに
ふりかえったのりこが見たのは、廊下の床板のすきまからもれ出した瘴気のすがただった。
まるでアメーバのようにふくれあがっている。
クワクたちがあわててホウキではたくが、攻撃をのがれたかたまりが、ヘビのようにのたくって、無防備なこどもあるじにおそいかかる。
「きゃあっ!」




