のりこと時空(とき)の部屋1
のりこは夢を見ていた。
黒い霧がかった奥に、ゆかたを着た男の人がひじをついて寝そべったうしろ姿がある。
(――あっ。あの魔女の店の鏡で見た人だ)
顔を見たわけでないのに、なぜだかそれがわかる。
彼はまたもやこちらの視線に気づいたらしく、ふりかえりながら
「のり……」
しかし、少女が男の顔をはっきりはっきりと見ることはできなかった。
はげしいゆれとともに夢の映像がかき消されてしまったからだ。
目をさましたのりこは、どうやら実際に自分の体がゆれていることに気づいた。
「なに?地震?」
どうも、そのゆれはのりこの部屋の外、廊下のほうから来ているらしい。
「――なんやいさ、これ?」
お美和たち従業員たちがさわいでいる声も聞こえてくる。
ねぼけまなこののりこがあわてて廊下に出ると、そこには思わぬ光景が広がっていた。
廊下一面そして壁や天井にまで、なにやら黒くわさわさとした、カビだかホコリだかわからないものがひっついている。
その気味悪いものがゆさゆさとうごめいて旅館全体をゆらしているらしい。
「ああ、もう!ばっちぃ奴ゃっ!」
「……消えなさい」
「失せおろう!」
お美和にアンジェリカ、それにクワクがそれらをやっつけようとほうきやデッキブラシではたいているが、いまいち効果はなさそうだ。むしろ増えている。
どうやら、そのわさわさは地下につながるとびらや床のすきまから、続々とわき出てきているようだ。
「ああ、こいさん、たいへんだす。なんや下から瘴気がもれ出してるみたいですわ」
「しょうき?なにそれ?」
疑問を投げかける少女のうしろから
「……瘴気とは、ふつう山川などで発生して、熱病などの原因となる悪い精気のことです。ただし、これはその自然な瘴気とは異なる、もう一段たちのわるい妖気ですね」
カウンターの内線電話をかけながら説明するのは、番頭だ。
「なんで、そんなものが急に?」
「わかりません。下からなのはまちがいなさそうですから、いま聞こうとしているところです――おいユコバック、そっちはどうなっている?」
そうだ。いま下のボイラー室ではお仕置きがとけたユコバックが釜たきとしての仕事を再開している。
のりこも昨日、大浴場のひろい湯船を満喫したところだ。
しかしいま、職場にもどったばかりの釜たきは、思わぬ事態にあわてているらしい。
さけび声が受話器からもれ聞こえる。
「よくないぜ、番頭!どうも釜の底がやぶれたらしい!下とつながっちまった!」
(した?)




