のりことあやしい旅館5
のりこが
「ひとりでそんなに?たいへんじゃないの?」
と言っても明るい声で
「そんなのは平気でござるよ。なにせそれがしには手足が八……」
「コホンッ!」
メッヒのせきばらいに、クワクはあわてて口をふさぐと
「おお、まちがいまちがい。気のせいでござった」
なにが気のせいなのか少女にはチンプンカンプンだったが、言ってはいけないことだったらしい。メッヒはふきげんそうに
「もういい、おまえは引っこんでおいで。……おじょうさま、どうぞこちらへ」
すこししょぼんとしたクワクを置いて先に立ち、少女を暗い廊下へとみちびいていった。
せまいと思ったら意外と奥が深いらしく、ちょっとした和風の中庭などもある。
しかし、そのあまりのもの静けさにのりこは不審がって
「あの……お客さんとかいないんですか?」
「うちのお客さまは外国からの方が多く、昼間はたいてい出はらっておられます。チェック・インも夕方すぎが主ですので、いま時分はこんなものです。――それより、まずはおばさまにお会いいただきましょう」
くねくねとした廊下をぬけたところにある和室の前でひざをつき
「主、メッヒでございます。のりこおじょうさまをおつれしました」
訪い(おとない)をつげると
「……ああ、どうぞ」
内からとてもかよわい声がした。
障子をあけると、そこは二十畳ほどの畳敷きの和室で、まんなかに女性がひとり、ふとんに横たわっていた。
「のりこさまでございます」
「……ああ、ありがとう」
その長い黒髪の女性は、病気なのだろうか、苦しそうに起き上がると、じっとのりこを見た。
表情は青ざめてはいるが、とてもうつくしい顔立ちだ。
「はじめまして。あたしがこの綾石旅館のあるじの春代です。――ああ、ほんとうに幹久兄さんによく似ているのね」
「みきひさ?」
のりこがきょとんとしたのをおかしそうに
「あら、自分のお父さんの名前も知らないの?まったく、あの兄さんたちときたらこまったものね、娘に名前も伝えてないなんて。
あなたのお父さん……幹久はむかしから気ままもので、この旅館の跡取りだったのに、ゆりこさんといっしょにどこかに行ってしまった。
おかげで、あたしがこんな身弱ではあるけど、当主をつとめているの。とはいえ、仕事はほとんどこのメッヒにまかせきりなのだけどね」
「そのとおりです」
メッヒは無表情なまま言った。なんだか言い方にトゲがある。
春代はおかしそうに
「ふふっ、あんまりメッヒにすべての仕事を丸投げしているから腹を立てているのだわ。このはたらきもしない『なまけあるじ』とね」