のりこと魔女の店3
「あいかわらず、いい趣味してますね」
メッヒは本気なのかいやみなのかわからない口調で言うと、さびついた真鍮のノブを押した。
「――ヘクセンキュッヒとはドイツ語で『魔女の台所』という意味です」
とびらのおくは廊下となっていた。どうやら、さらにその奥に店があるらしい。
そこをつったか進むメッヒの後を、のりこはおそるおそるついていった。
とちゅう、廊下の片面に置かれているのは
(大きな……鏡?)
金細工で縁どられた古そうな鏡は、なにも映していないように見えたが、近づくと
「あれ?」
ぼんやりと映し出されたのは、のりこのすがたではなくて
(……海?)
それはどこか小さな部屋の中なのだが、壁に丸い小窓があって、そのむこうに見えるのは青い水平線だった。手前にはベッドがあって、寝そべっているオトナの足だけが見える。
「……うん?だれだ?どこのどいつか知らんが部屋を覗いてるな?悪趣味だぞ」
どうやらその寝そべっている男性(の声だ)は、こちらに気づいたらしい。口を開くが、上半身までは見えない。
「うん?この感じ……まさか、のり……」
知らない声の男性だが、
のりこはなんだかなつかしい気がして
「あ……」
声をかけようとすると……
メッヒが肩に手を置いた。
「――あるじ。その鏡をあまりのぞきこまないでください。むかし、ある老学者がその鏡のなかにロクでもないものを見ましてね。そのせいで私はたいへんな苦労をしたことがあります」
「今、知らない男の人がうつっていたよ。だれだろう?」
メッヒは無表情のまま
「――さて、だれでしょう?」
しかし、鏡を見たとき、ほんの少しだが番頭のほほが動いたのをのりこは見のがさなかった。
うつった男がだれなのか、メッヒはまちがいなく知っているようだ。
のりこは気にはなったが
「今はそれよりもユコバックを取りもどすことが先決です。考えないでください」
そう言われてはしかたない。
番頭にしたがってそのまま魔女の台所に入った。




