のりこと霧の部屋16
少女は話を変えるつもりでメッヒに
「あのお美和さんがいた部屋はふしぎだったね。まるで外みたいで……いったいなんなの?」
「さて。幹久さまが用意した部屋ですが、細かいことはわかりかねます。なにせ私も、この旅館のすべての部屋を把握しているわけではありませんので」
「あなたが?番頭なのに?」
そのことばに、番頭は少し傷ついたようだった。
「……残念ながらそうです。すべての部屋に出入りできるのはマスター・キーを持つあなただけです」
「へえ」
(そんなにすごいんだ、このぜんまいまわし)
むねにかけた鍵を見なおす少女に、番頭は
「それよりクワクに聞きましたが、人面犬どもにおそわれたそうですね。危険な目に会わせてもうしわけございませんでした」
「いいよ、べつに。無事だったもん」
「クワクが、霧の中に落としたと言っていましたが」
「うん。人の顔をしたウシさんのいる小屋に落ちた。その子がお美和さんの居場所も教えてくれたよ」
メッヒはまゆを少し上げて
「人の顔をしたウシ?ああ、あなたは『くだん』とお会いになったのですね」
「くだん?」
「ええ。イ(にんべん)に牛とかいて『件』……そうですか、彼に会うとはめずらしい。彼に会いたがる人間はたくさんいますが、実際に会ったものはほとんどいません。太平洋戦争の後ではあなたの父上、そして件が腸炎をおこしたときに治療に入った医者ぐらいでしょう」
「会いたがるって、なんで?」
「それは、彼がほんとうのことしか言わないからです。いわば予言ですね。あのものの口にしたことは必ずそのとおりになります」
「まちがいなし?」
「まちがいなしです。ツノジカ団の前団長などは、戦時中に件に聞いた予言にしたがって、戦後のかむのの危機と戦ったと聞いています……もしかして、彼になにか言われましたか?」
「えっ?……べつに。お美和さんのいるところを教えてくれただけ」
「そうですか」
さすがに『黒いつばさを持つものには気をつけたがよい』と聞いたとは、その黒いつばさを持つ本人には言えなかった。
しかし、いったいこの番頭のどこに気をつけたらよいというのだろう?
たしかにメッヒはきびしいが、この旅館のことをなによりも大切にして、だれよりも一番はたらいてるのに……。
よいつぶれたポルコさまを後目に二六二一個目となる栗を口にほうりこむお美和を見ながら、新米あるじはまたひとつなやみをかかえるのだった。




