のりこと霧の部屋13
『あたしのためにはたらいて』なんてセリフを口にするとは思っていなかった少女だったが、思わず出た。
旅館ではたらくはたらかないはともかく、人面牛が言っていたように、この口裂け女はこんなところで閉じこもっていちゃだめだと思ったのだ。
「あなたのことをステキに思うニンゲンも、ほかにぜったいにいるにちがいないよ!」
根拠はまるでなかったが、そう言った。
そのことばに、お美和はかなり強く反応して
「そんな……ウチのことを好いてくれる男の人が、ホンマにおりますやろか?」
意外なほど強い目力でのりこをじっと見た。
「えっ?おとこのひと?……うん、そりゃ、いると思うよ」
たじろぐ少女に、
口裂け女は目を血走らさせて
「ウチといっしょにおっても、みっともないと思わへん?外で大口を開けてわらっても?そんな男の人がホンマにおる?」
「……お、る」
迫力に気圧された少女のことばに
お美和は
「じゃあ、またはたらくわ!おじょうさん!」
満面の笑みで、顔面内部の肉を見せた。
ほっとしたのりこは
「ありがとう。ただし、条件があるの……」
「なんだすか?」
不安げなお美和に、
少女は
「あたしの前ではそんなマスクはしないでね。顔が見えないと、いやだから」
口裂け女はそのことばに
「あら、いややわ。このこいさんたら。冗談ばっかり言うて。オホホホホホ」
にぃっとわらって、マスクをすてた。
「こいさん」とは大阪・京都の方で「おじょうさん」の意味だった。この口裂け女はとても古風な関西弁をつかう。
ほんとうはわらい上戸だったお美和が高らかに声をひびかせていると
「――ああ、番頭どの。ほれ、あれに。あるじがおられますぞ!しかも、どうやらお美和どのもお見つけになられたようでござる。お――い、あるじどの!」
どこかから声がした。
見ると、クワクとメッヒが空を飛んで、こっちに向かってきていた。
「ああ、クワク、メッヒ。こっちこっ……」
もう、従業員が空を飛ぶのぐらいではおどろかなくなっていたのりこだったが、そのすがたがはっきり見えると、ことばがつまった。
メッヒの背中から生えていたのは、コウモリのような黒いつばさだったからだ。




