のりこと叔母(続)2の13
少女あるじの気が折れそうになった、そのとき
にわかに後ろからのりこに伸びる手がある。
その乱暴な感触に
「きゃっ!?」
あわてるが、それ以上の危険が少女におよぶことはなかった。
のりこの首もとから光があふれ、くせものをはねつけたのだ。旅館あるじのしるし「ソロモンの鍵」の力だ。
すぐさまクワクが
「おのれ、くせもの!あるじに手出しとは、いかに今のそれがしが冴えずとも許さんぞ!」
「たそがれの間」を出て、その影を追いかける。
のりこもそれに従いながら
(今の大きなのが件をおそったの?いや、でも小屋を壊したにはちょっと小さいな。あの後ろすがたには見覚えが……)
考えていると
「――ぎやああああああっ!!」
またもや、悲鳴が旅館を駆け抜けた。
今度は玄関ラウンジのほうだ。
あわてて駆けつけるのりこだったが
「きゃっ!」
ラウンジの置き時計前に横たわっているものを見て、思わずふたたび声を上げた。
どんなに不気味なアチラモノを見ても恐怖しないはずの少女あるじにとっても、その湯気を上げて床にころがるねちゃねちゃとしたものは、戸惑う気味悪さがあった。
近づいてじっくり見ると、それは溶けてわかりにくくなってはいるが、黄緑の膿み汁、もしくは粘りの強い体液にひたってよこたわる(一応)生きものらしき形を取ったものだった。
息はすでにないが、内部からほかほかと湯気が出ている。
頭部と手はヤギのようにほっそりとしているが、それなりに人間らしい形態。しかし、その胴体から下はまるで異形であった。ワニを思い出させる硬い皮膚。背中には黄色と黒のまだら模様。腰から下は黒くごわついた毛にまみれていた。
さらに奇怪なのが、その下半身から飛び出た気味悪い触手じみたものだ。それらの先には、赤い吸引(?)口や眼球がついている。尻尾に見えるものはまるで、大型の環形動物……ミミズのよう。足は、大型の爬虫類のそれのようだった。
そして、なによりにおいがきつかった。
(このにおいは……さっきくだんのところに残っていたもの!じゃあ、これがくだんをおそったの?)
その得体のしれないもののわきに立つのは、シコラクスだった。彼女は、杖をはげしくついて
「ああ!なんてこと!わたしの息子!『またしても』殺された!こんな!」
さけぶ。
(――えっ?どういうこと?)
グロテスクに(異常に)強いのりこが、ためらわず床に膝を付き持ち上げたその顔は……
「あっ!」
はげしく面変わりしているが、まちがいなく彼女の息子・キャリバンのそれだった。彼の巨大な遺体は湯気を放ちながら、見る見るまに溶けくずれていく。
シコラクスは、自分の息子に駆けよりもせず、なぜか扉が開いている置き時計の方を向いて
「おのれ!おじょうさんに続いて、こんな!」
うなりつづけている。
――おじょうさん?
「ランコおねえちゃんになにかあったの?」
思わず問うたのりこに
「彼女はハーピーにさらわれた!その時計の中に連れて行か……」
のりこは、みなまで聞かず鍵を発動させると、クワクとともに置き時計の中に飛びこんだ。




