のりこと叔母(続)2の12
「くだんは?」
あるじの問いに、
お美和は
「それが、居てまへんのや。わてらが来たときにはもう『わや』ですわ。なんや何者かに襲われたらしゅうて……もうこのあたりの壁や建物、生えてる木なんかも皆なぎ倒されてまいました!……残ったんは、これだけですわ」
指さしたのは、地面に残る大きなくぼみだった。
「……なにこれ?ドラム缶でも食いこんだの?」
「ちゃいます。この小屋を壊したバケモンの足跡ですわいな」
(……バケモンって、この旅館にいるものは大抵そうなんだけどなぁ)
のりこの沈黙をよそに、
料理人が興奮ぎみに
「この大いこと!象さんの足跡もこれに比べたら稚児やね!この子らが『それ』の間近におりましたそうです」
指さしたのは、
人面犬たちだ。前にのりこがこの部屋に入ったときには、少女を食べようと襲いかかったりしたけど
「お美和のあねさんがお仕えする方に、そんな粗相はもうしねぇよ」
と、素直に従ってくれている。
群れのうちの一匹が
「ものすごい音がしたから俺たちが駆けつけたときにはもう、くだんはいなかったぜ。姿は見えなかったけど、大きいなにかが暴れてるのはわかった。なにせ、そいつはおそろしくくさかったかんな。鼻のいい俺たちにはだいたいわかるじゃん」
人面犬はなぜかハマっ子っぽい。
「くっせえからよ。俺たちががなりたててやったら、逃げ出しやがった」
「くだんは?」
「わかんねぇな。俺たちが駆けつけたときにはいなかったから、もう喰われちまったんじゃないの。とにかく臭すぎて、俺たちにもなにがおこったかよくわからねえ」
ぐちゃぐちゃの牛舎には、悪臭を放つ黒いネバネバとした液体があるだけだ。
不安がっていた件のことを思うと、のりこは気が重い。
でも、どうしたらよいのかもわからない。
番頭がいてくれないと、こんなにも途方にくれるものか。
ただの子どもなのだから仕方ないのだが。
現場をお美和にまかせて
「……クワク。どう思う?」
先を行く男衆にたずねるが、
彼は背中に力なく
「――あるじ。それがしがごときものに、問いかけなどなさらぬほうがよろしいでござるよ。今のそれがしは、やることなすことすべてしくじるただの無能な蜘蛛でござる。それがしなどにたよっては、解決が遠くなりましょう」
蜘蛛の精は、先日の続けての失敗にすっかり面目をなくしていじけている。
このややこしいときに、従業員のメンタル・ケアにまで行き届かない。
ほんとうに、こっちまで参ってしまいそうだ。




