のりこと霧の部屋9
よく見ると、その人面牛はさっきの人面犬とちがって、かなり知的な青年の顔立ちをしている。
二本の角のあいだからチョロッとたらした前髪もなかなかおしゃれだ。
少女がおそるおそる
「……じゃあ、あたしのことかんだりしない?」
と、たずねると
「かむか!おろかもの。あんな血に飢えたあさましい畜生どもと、わしのような高貴な生き物をいっしょにするでないわ!……だいたい、ひとの家の屋根をこわして落ちて来たくせにあやまりもせんのか?」
「えっ?ああ、ごめんなさい」
たしかに急に屋根をつきやぶって入ってくるなど迷惑この上なく、どんな文句を言われてもしかたない。
のりこは低姿勢にあやまった。
「ふんっ。まったくこの旅館のあるじは、つづけてロクなやつがならんな。前の女はなまけもので性格がわるかったし……」
のりこは人面牛のことばにおどろいて
「あなた、あたしのことを知っているの?」
「知らいでか。おぬしはここにお美和をさがしに来たのだろう?新たなあるじ」
草らしきものをすりつぶし食みながら人面牛は
「だいたい、この世にわしの知らぬことなどないのだ。そのため、むかしから多くの人間どもがわしにものを問おうとしてきた」
じまんそうに鼻をひくつかせた。
「じゃあ、お美和さんが今どこにいるか知っているの?」
「もちろん知っておる。しかし、そんなことをおぬしに教えてやる義理がわしにあるかね?童。しずかに草を食んでおるところに屋根を突きやぶられたこのわしが?」




