のりことあやしい旅館3
「……そう」
前から淡白な関係だとはわかっていたけど、こうもあっさり別れの時が来るとは少女は思っていなかった。
なにせ、のりこがものごころつくかつかないころから、ずっといっしょに転々としてきたのだ。
たしかに、カズヨに彼氏ができたときなど「外に行っといて」と部屋から追いやられたことはあったが、かといって夜通しほったらかしにされたことなんて一度もなかった。ちゃんと三度三度のごはんを食べさせつづけてくれていたのだ。
そんな母の友だちに、のりこはやっぱり感謝していた。
ランドセルやバッグに自分の持ち物をつめながら、少女は思いきって前からたずねたかったことをたずねた。
「カズヨさんは、どうしてあたしを今まで世話してくれたの?」
その問いに母の友だちは、気まずそうにしたまま首をすくめて
「――そりゃ、あんたのお母さん……ゆりこに恩があるからだよ。あの子はあたしが体をこわしたときに、介抱をしてくれた。病院にも行けなかったあたしが今生きていられるのはそのおかげだもの。……ほんと、あの子は聖女みたいな子だったよ」
しみじみと言うカズヨのことばに、
メッヒが
「聖女ですか……あの女が。クック、それはそれは」
と、うすわらいをもらした。なんだかいやなわらいだ。
「あんたのお母さんは死ぬとき、あたしに『どうせ、いつかはむかえが来るだろうから、それまでのあいだのりこの世話を見ておいてほしい』と言った。それがいま来たというわけさ」
カズヨは男をちらりと見ると、のりこに
「――つきなみだけど、元気でくらしていくんだよ」
と言った。その目にはうっすら涙がうかんでいた。
少女も返事して
「はい、カズヨさん。いままでどうもありがとう」
やっぱり、わかれはさびしかった。
「――転校の手続きなどは私の方でしておきますので、なにもご心配なく。おじょうさまには体ひとつで来ていただければ、お世話は問題なくこちらでいたします。では、まいりましょ……ああ。なんですか、これは?」
メッヒは玄関を出ようとして、不快そうに言った。
そこには、星形がえがかれた紙がはってあった。
カズヨがお守りと言って、ひっこしのたびに玄関ドアの敷居にはりつけていたものだ。
「――ああ、それはゆりちゃんがはっておいてというから」
のりこは母親がそんなことを言っていたなんて知らなかった。
男はさも苦々しげに
「まったく五芒星とは、あの女も古風ないたずらをしますね。私がこれにひっかかるのは二回目です。……おそれいりますがおじょうさん、この紙をはがしていただけますか?私がやってもいいんですが、それはちょっと手間を取りますから」
荷物を両手に持っているとはいえ、たかが紙一枚のことを大ごとのように言う男がのりこにはふしぎだったが、言われたとおりはがした。
「たすかりました。では、おつれします」
こうして、のりこは新たな家に向かったのだ。