のりこと霧の部屋7
「――だいじょうぶでござるか?あるじどの!」
「あっ!あなたは……クワク?」
アフリカから来た陽気な少年は、「口から吐きだした」糸でのりこを電信柱の上に引き上げていた。
袢纏から出た手足の数は八本で、そのすがたはまるっきり
「……クモ?」
「そうでござるよ。それがしは蜘蛛の精、ほこり高きアナンシが末息子でござる」
なにをわかりきったことを、という顔をクワクはすると
「――それより、こやつらは人面犬でござるな。一頭ならともかく、こう数多くおられては、それがしではいかんともしがたい。
ともかくもここは逃げ出し、番頭どのを見つけ出しましょう」
そう言って糸にまいたのりこを、まるでとらえたエモノのようにかかえ上げると、電線の上をつなわたり師のように器用にわたって逃げ出した。
「ウ――ッ、ワンワン!」
下で人面犬がほえたて追いかけてくるのを、なんとかふっきろうとする。
「ねぇっ!ここはいったいどこなの!?」
かかえられたままのりこが問うと
「……わからぬでござる。お美和どのの部屋の中であるのはまちがいござらぬが、この旅館はなにせむつかしうて、それがしには意味不明でござるよ。ですから入りとうなかったのです」
すっかり弱気になっている従業蜘蛛は、それでもあるじをかかえて、霧のたちこめる昭和の家々の屋根や電柱、電線の上をつたって、犬の追跡からのがれようとする。
「お気を付けくだされよ。なにせ霧の水気ですべりやすくなっておりますのでな。一歩ふみはずせば、下に落ち……ウムッ!?」
言っている先から、電線に足をすべらせ空足をふんだクワクは、だきかかえていたのりこを、つるりっ……
「きゃあっ!」
「あいや、しまった!あるじどのっ!」
少女はふかい霧のなかに、まっさかさまに落ちていった。




