のりこと叔母1
マルコが去って、一週間たった。
天使と死天使の(人類全体の『生と死のバランス』を決める)100億局のチェス勝負もそろそろ終わるころだと、のりこはメッヒから聞いていた。
21世紀のこれから……地球上の人類がどれだけ増えたり減ったりするのかについては、もうおおよそ決まったらしい。
「どうなったの?」
と、少女は番頭に聞いてみたが
「……知りたいですか?人類の行く末を。聞かなかったほうがマシに思うかもしれませんよ」
そう言われて怖気づき、勝負の結果を聞くのはやめることにした少女あるじは、ただの通常業務として「無量の間」にお茶とおやつを持っていったが、おとないを告げても返事がない。
中に入ってバルコニーを見ても、だれもいない。
おかしいなと思っていると……「無量の間」のはてしなく広がる蒼穹の彼方から、羽根をパタパタさせながら大天使・ミカエルが帰ってくるのが見えた。
どうもきょろきょろと、なにかを探す気配だ。
「あっ、ミカエルさん。サリエルさんとの勝負はすんだんですか?」
少女の問いに、天使長は
「もう勝負なんかどうでもいい!……うん、いやそれよりおじょうさん、そこでなにか見かけなかったか?」
どうも落ち着かない口調で言う。
人類の生死を決める勝負を、どうでもいいなんて言われてもこまるな。
「なにも見てないですけど……もしかして、あれが逃げ出したの?」
のりこが指さしたのは、バルコニーわきにあるトランクケースだ。
内側から破られたように壊れており、その中身は空だ。天使長が持っていたそのトランクの中身がうごめいていたのははっきりおぼえている。
旅館あるじの指摘に、ミカエルは偉大な天使らしからぬしどろもどろの表情で
「ああ……うん。いやあの……ちょっと勝負に熱中しているあいだに逃げ出したらしい。もうしわけない……今サリエルも探しに出ているんだが、なにせこの部屋は広いからね」
たしかに「無量の間」は、足が早いので有名な韋駄天という神様でも回りきることができなかったというほどに広い部屋だ。
「万が一、部屋の外に出られると、こまるからね。……ああ、自分たちで探すから番頭にはだまっていてもらえるか?どうにも体裁が悪い」
メッヒにだまると言ったって、もし他のお客さまにご迷惑をおかけしてはたいへんだ。
「なにが逃げたか知らないけど、ちゃんとみんなで協力して探さないと」
あるじのもっともなことばに、天使長も
「う〜ん。いや、たしかにそうではあるんだが……」
みょうに歯切れが悪い。常にカラッと明るい生の天使らしからぬ渋りようだ。




