のりことまるっこい客10
なにそれ?めちゃくちゃ大事な勝負じゃない!
そんな大事なことを決めるゲームを、こんな旅館の片隅で決めていいの!?
少女のもっともな疑問に、しかし番頭は不満顔で
「『こんな旅館』とは不適当な言い方ですな。当旅館は、それこそこの宇宙の存亡を決するぐらいの会議が行われてもまったく差し支えない、歴史と格式を持っております」
鼻息荒く、誇りを見せた。そして
「まあどんな事情があるにしろ、われわれスタッフとしてはふつうに業務を行うのみです。お客さまの快適なご滞在のために最善をつくしましょう」
いつもどおりのことを言う。
ふたりのやり取りをそばで聞いていたマルコはうなだれて
「……そんな大事なことが行われているのなら、おれがあいだに入るのはむずかしいな」
たしかに、チャランゴをとりもどすというマルコへの協力は難しいかもしれない。なんといっても、変な邪魔を入れて人類全体の生死のバランスを崩しては大変だ。
しかし、番頭は意外と気軽なようすで
「まあ『たかが』人類の帰趨を決めるなど、たいしたことでないともいえます……というより、彼らが競技に興じている『今』だからこそ、なんとかなるかもしれませんよ」
言うと、マルコに向かって
「あなた、その人のすがたは仮物ですね……いえ、本性をわたしたちに明かさずともよろしい」
「どうするの?メッヒ」
番頭のやろうとしていることがわからず、たずねる少女に向かって
「まあ、ただあるじに給仕をしていただくだけですよ」
悪魔らしい笑みをうかべた。
「失礼します」
のりこは、ドリンクとお菓子を持って無量の間に入った。
男たち……いや、生の天使と死の天使はすでに勝負モードに入っており、チェス盤をはさんでだまりこくって対峙している。
チェスのルールを知らないのりこにはちんぷんかんぷんだが、ふたりがとてつもないスピードで駒を動かしているのはわかる。
なんでも今回のチェス勝負は、100億局おこなうらしい。とんでもない数だが、まあ人間じゃないから、やろうと思えばやれるんだろう。
のりこはメッヒに言われたとおり、なにも余計なことは口にせず、だまったままふたりのわきにドリンクとお菓子を置いた。
両者とも盤上に夢中で、彼女のことなど眼中にない。ただ、無意識裡になのか、たがいにドリンクを手にして飲み、スナックを口に運んだ。コップや皿が空になると、のりこはだまってドリンクを継ぎ足し、お菓子を補充した。
そのまま、三日たった。




