のりことまるっこい客8
「いやだね」
のりこと番頭につきそわれたマルコの願いを、サリエルはすげなく拒否した。
その前にはミゲルが合い向かう。
ここは「無量の間」の露台。ふたりのあいだには8×8の64マスからなる盤面があり、そこに白黒16個ずつの駒が置かれてある。彼らが勝負しようとしているのは、なんてことはない。ただの西洋将棋……チェスだったのだ。
黒い駒をセッテイングしながらサリエルは
「……そいつはさっき、おれにおそいかかろうとした。なんでそんなやつに、せっかく手に入れた楽器をくれてやらないといけない」
陰気な声で言った。
「じゅうぶんな代金は支払うつもりだそうですよ」
メッヒの口添えにも
「ふんっ!カネなんかでおれたちの取引が成り立つはずないだろう……そんなことは、おまえが一番よく知っているはずだ」
横目でにらむ。
「……このチャランゴは、あるインディオ呪術師の債務のばしのカタに手に入れたものだ。そこそこ気にいってるから手放す気はない。もし、これがほんとうに欲しいって言うんなら……わかるだろう、番頭。上質なブツと引き換えだ」
「ブツ?」
のりこの問いに、サリエルはニタリと口を笑み曲げて
「そりゃもちろんコチラモノ……人間の魂だよ、おじょうさん。わしが欲するのはそれのみだ」
「おれのたましいならいくらでも……」
マルコの叫びに
「人間でもないおまえのたましいなど、なんの価値もない!……そこのおじょうさんが代わりに魂を差し出すって言うんなら、よろこんで引き渡すがね」
「うちのあるじのたましいをそんなことで安売りできませんね」
のりこが答える前に、番頭はきっぱり言う。
向き合いながら駒を並べるミゲルが
「——あいかわらずねじけた奴だね、君は。そんな言いぐさ、まるっきり悪魔といっしょじゃないか。今はともかく、元は高貴な存在であることを忘れないでほしいがね」
口をはさむと
「すっこんでろ、このいいカッコしぃが!こっちの商談に口をはさむんじゃねぇ!だまって駒並べやがれ!」
口汚くののしると、のりこたちに向かって
「——とにかく、おれたちゃこれから大事な勝負だ。ヘタな邪魔いれをするんじゃねえぞ。これの重要さは、おまえだってわかるはずだ」
重く言う。
その言葉にはミゲルもうなずいて
「それはそうだ。気の毒だが、実際問題として、今わたしもその子の助けにはなってあげられない。サリエルの言うとおり、今から始めるこの勝負のほうが、人類にとってははるかに重要なのだからね。邪魔が入らないように注意してくれよ、番頭」
念を押す。
「それは重々承知しております。静かな環境の提供を心がけます」
メッヒも、うやうやしく両者に頭を下げる。
「——よし、はじめるぞ」
「——ああ」
そして、似た顔のふたりは盤上の駒の動きに没頭しだした。




