のりことまるっこい客2
彼……ミゲル(と名乗った)は歌い終えると
「いかがでしたか?おじょうさん」
そのさわやかというか、神々しいまでの清らかな笑顔でたずねてきた。
「よかった!ほんと、天国の声みたい!」
のりこも客商売がすっかり板についてお愛想を言うのに慣れっこになってはいるが、それをぬきにしても彼の歌声はすばらしかった。
「ハハハ、それはどうもありがとう。さすが、この旅館のあるじは形容が的確だね」
ミゲルが旅館に来たのは、つい先ほどの昼……メッヒがたまたま出かけて不在なので、応対したのはクワクだった。
そこで客から「自分は教会で歌ってきたところだ」と聞いた蜘蛛従業員が考えなしに
「——ほお、讃美歌とはいったいどんなものでござろうか?」
とつぶやいたのだ。
少女あるじは従業員のあつかましさをとがめたが、客は気にせず
「せっかくだから一曲歌いましょう。神の道にふれてもらうのは、わたしにとって喜びだからね。どうせならみんなを集めてくれたらうれしいな」
と言って、そのままラウンジで歌いだしたのだ。
クワクなどはその歌声にすっかり感動して、すぐさま入信しようと思ったが
「……う〜ん、うちの宗派は人間専用コースなんだよ」
とやんわり断られ、めげていた。
お美和が
「まあ、ええもん聞けただけ良かったやおまへんか」となぐさめている。
ミゲルは
「みんながよろこんでくれてなによりだけど……どうやら、そこの彼には不興だったようだね」
そのにこやかな視線の先、玄関ぎわにいつの間にか立っていたのはメッヒだった。どうやら、帰っていたのに旅館に入らなかったらしい。
番頭は眉をひそめて
「——ええまあ。あなたのその歌は正直、私には耳障りですからね」
ほんとうに不快げに言う。
たしかに、今の賛美歌の歌詞には
「♪あくまのひとやをうちくだきて(悪魔の獄を打ち砕きて)」
なんてことばもあったけど。
とはいえ失礼な言いぐさに、あるじがあわてて
「こら、番頭。お客さまになんて言いかたするの!」
しかりつけると
「ハハハ、気にしないでいいよ、おじょうさん。彼は、むかしからぼくの歌がきらいなんだよ!」
ミゲルはまったく平気な顔だ。
どうやら、彼らはもとから知り合いらしい。
番頭は冷ややかな表情のまま
「客?あなたが泊まるんですか?なんの用です?」
つっけんどんな言いかたをすると、さらに
「あなたがコチラに『下りて』くるとは、めずらしいですね……その姿はビング・クロスビーきどりですか?」
うさんげにすがめる。




