のりこと霧の部屋4
「お美和はこの部屋にいます」
番頭がのりことクワクをひきつれてきたのは一階の階段そば、のりこがつかっている女中部屋と同じような部屋の前だった。
(のりこは、新しいあるじとして春代が使っていた部屋にうつるようにメッヒに言われたのだが、あまり広い部屋はおちつかないし、いつ春代がもどってもよいように空けておきたいと、せまい部屋をつかいつづけていた)
鍵がかかっている。
「――この部屋を開けることができるのは、そのマスター・キーを持つものだけです。
お美和が閉じこもって以来、私は何度も先代あるじにここに入るようお願いしたのですが、あの方はこわが……いや、おっくうがって一度も入ってくださいませんでした」
いま「こわがって」って言いそうじゃなかった?
いっしょについてきたクワクも
「……番頭どの。それがしも入らねばなりませぬか?」
と、心底いやそうに言っている。
「いやならいいぞ、クワク。ただし、そのときは君がポルコさまの相手をつとめることになるが」
「おぉぉ、それは無理でござる。入るでござるよ」
クワクが相手できないポルコさまというお客さまのことも気になるけど、今それよりも気になるのはこの女中部屋のことだ。
いったい、なにをそんなにおそれる必要があるのだろう?
のりこが使っている部屋と同じ、せまい部屋に入るだけじゃないか。
もしかして、ものすごく中がよごれているのだろうか?
何年も引きこもっているのなら、テレビでよく見るゴミ屋敷みたいになっているのかもしれない。
(やだなぁ、そうだったら。さっそくヨゴレまみれになるじゃん)
しかし、それが主人としての仕事ならばしかたない。のりこはおばとちがって、根がまじめな少女なのだ。
のりこは、まず失礼のないように引き戸をノックした。
「……あの、お美和さんというかた、おられますか?
今度あたらしく宿のあるじになったのりこと言います。お話したいことがあります」
返事はない。
「……ほんとうにいるの?」
番頭はうなずくと
「おそらく奥にいるのですよ。どうぞ、かまわず開けてください」
そんな奥だなんていうほど広くないはずなのに、ゴミがたまって壁になっているのかな?
「じゃあ、開けるよ……あのっ!失礼ですけど、かってに入らさせてもらいますね!」
のりこはそう言うとマスター・キーをさしこんだ。そして戸を引こうとしたら
「――あっ、あるじ。言うのをわすれてました。お美和と会う時の注意点は……」
「えっ?なに?」
きしむ扉の音で聞こえないと思ったら
「――えっ?」
引いた戸のすきまからあふれ出てきたのは、大量の白い
「けむり?いや、これは……霧か?」
番頭が分析する声もなにも、あっという間に三人は白く立ちこめたつめたい水のつぶてに身をつつまれて、前後左右、まったく訳がわからなくなった。




