のりこと魔送りの夜13
金髪女性は、うめき苦しむ塊にそのまま近づくと、跪坐して拝した。
そして、おもむろにことばを誦しはじめる。
「――古よりまします偉大なる夜の女王に、この神気あふるる土地の、常ならぬ医者が、かしこみかしこみもうす」
その声音は、荘重であると同時にやわらかく
「――汝、この現世にてあまりに長々(ながなが)しき時を過ごさせたもう。そこにて汝、良きことまた悪しきこと、あまりに多おこないたもう。而してそのあまりの濁り汚れ、重き荷として汝が身に纏いたり……苦しかろぅ?痛かろぅ?……吾、汝にその荷をおろすことをすすむ」
患者……リリィの苦しみをなだめるようだ。
「――今、汝が代わりに矢を持ちたる吾がその纏いを破りほどかん」
『……ウッ!ウゥゥゥゥゥッッ……』
女性のことばに合わせて矢が深く入っていき、それにつれて塊から光がもれ……
「――いさ汝、その破れより飛び出せ。徒身を捨て、まことの身にたちかえれ」
ことばのとおり、まるで蛹から蝶が羽化するように出てきたのは……にぶい光を帯びた女性だった。
それは、たしかにリリィであるが、のりこが知っている妖艶な女王ではなく、亡くした子を探し求める、ただのあわれな母親のすがただった。
『……メアリィ。ああ、あたしの娘。……どこにいるの、あたしのかわいいむすめ』
目が開いていないのか、惑って何も見えない様子のリリィに、芽依が語りかける。
「……だいじょうぶ『おかあさん』。心配しなくても、ちゃんと上に『あたし』はいるから」
その声に、リリスはハッとした顔で上を向くと、目を開け涙を流す。
『……ああ、メアリィ。そんなところに……なんて良い子。おまえは、ずっとそこで待っていておくれたんだね……』
手をのばすと、はるか高い天から光の帯が下りてきて、女はそれをつかむ。
医者が、さらにことばを誦す。
「――リリス。うるわしき初めの女よ。その元たる愛しきすがたにて、幸魂奇魂に引かれ、ゆたかしき故郷へ帰れ。願わくは汝、道たがわずして故郷に向かわんことを。
……心よりの祝いとともに、汝の友たるこの世ならぬ医者が、ひたすらに祈る」
深く拝すと
『――ああ、ありがとう、医者!』
光に手を引かれたリリス自身が光の柱となって天に上がっていく。
そして、上がり切ると光は消えて、のりこたちのいる交差点には、ただ信号灯と外灯の味気ない照明がのこった。




