のりこと霧の部屋3
(あ――っ、もうすこし人を増やしてくれないかな)
少女がジトッと見つめる先に立つ番頭は、電話を受けているところだった。
「はい、綾石旅館でございます……あっ、これはポルコさま。ごぶさたしております……ああ、それではまた当館をご利用いただけると?それは、まことにありがとうぞんじます――
えっ?『お美和』でございますか?……はい、それはまだ当館に在籍しておりますが……はい、はい。それはもう……必ずご来館のおりには。はい、おこしをおまちしております。ありがとうぞんじます」
受話器を置くと、メッヒはむずかしい顔をしている。
クワクが心配そうに
「あんなこと言ってだいじょうぶでござるか?番頭どの。なんとなればお美和どのは目下のところ……」
(おみわさん?だれそれ?)
首をかしげるのりこに
番頭は
「……お美和というのは、うちの旅館に住みこんでいる料理人兼女中です」
料理人って女の人だったんだ。でも……
「住みこみって、この旅館には料理人がいないんでしょう?」
来てからずっと、のりこは仕出しのお弁当を食べている。
「それは今、彼女が仕事に出ず自分の部屋に引きこもっているからです」
引きこもるって、そんなのがゆるされるんだ。
「……それって、なに?春代さんみたいなこと?」
仮病のすえ、のりこに主人をおしつけて旅館を出て行ったおばの春代は、フィリピンのセブ島のビーチに行ったところまではわかっているが、その後どこへ行ったかは不明だ。
もどってくる当ては、まるでない。
「先代あるじはただのサボりでしたが、お美和はちがいます。彼女は心に痛手をおって部屋にこもっているのです」
メッヒは眉間にしわをいれたまま
「しかし、こまりました。今ご予約をいただいたお客さまのご希望にそえるのは、お美和だけです。彼女が職場に復帰しないと、この旅館はたいへんな危機におちいります」
と深刻に言うと
「ここは、新たなあるじに一仕事おねがいしましょう」
少女の顔をきっと見た。




