のりこと魔送りの夜10
そして、もう片方も始末がついたらしい。
「――お美和さん!クワクさんが元にもどりましてよ!」
可憐な女中の足元には、糸で体をくくられ転がった男衆蜘蛛のすがたがあった。自ら吐いた糸で逆にアンジェリカに縛りあげられたのだ。
そしてそんな彼の顔は、まるでフライパンのようにパンパンに腫れ上がっていた。正気にもどすため、アンジェリカに何度も頬をはたかれたのだ。
「……なんでござろう?アンジェリカどの、それがし顔が痛くて仕方ありませぬ」
力自慢のからくり人形にはたかれては、そりゃ痛いだろう。首がもげていないだけ、さすがにアフリカの蜘蛛精霊は丈夫だった。
「なんとかいけましたな……それにしても今の風、コチラモノの……それにあの声……まさか……」
口裂け女はあたりを見わたすが、なにも見当たらない。
「……いいんですか?ほんとに姿を見せなくて」
旅館の庭が垣間見える物陰に、ふたりの男がひそんでいた。
かっぷくよく日に焼けた大男が問うたのに、やせぎすのほうは
「……おれが今、どの顔下げてあの女に会えると思う?……まったくヨウイチロウも旅館のほうを押し付けるとは、人がわるい」
声低く答えた。
しかし大男は重ねて
「――あなたがあの口裂け女のもとを去ったのは、食費の問題なんかじゃない。ツノジカ団を離れたあなたの身の上が不安定だったからでしょう?
あの女に危険が及ばないように、わざとひどいことを言って別れた。でも、その問題が解決した今なら、正直に話しさえすれば、むかしのようにまた……」
言うが、お美和の危機に術をはなって支援した男……ヒジカタは首をふって
「そう単純にはいかんよ。――なぁに、もともとアチラモノの女とコチラモノの男の仲なんて、うまくいかんのが『鶴の恩返し』以来のお定まりだ」
言いながら、作務衣すがたの陽気な口裂け女を垣間見る。
「――お美和が仕事に復帰して元気なところを見ることができて、なによりだ。ちゃんと飯も食ってるらしい。なにせあいつは毎日、十升は米を食わなきゃ機嫌が悪くなるからなあ……まったく、カネのかかる女だぜ」
むかしの恋人をじいっと見つめながら、さびしそうに笑う。
そんな男のやせがまんを、となりで見て
(この人はハードボイルドを気どるからなぁ。そういうところが無ければ、もうちょっとうまく生きられるのに)
長い付き合いの大男は、あきれていた。




