のりこと魔送りの夜6
「……ふむ。夢魔の眷属だから夢違用の回文歌が効くかと思ったんだが、イマイチだな。やはり本性をあらわにせねばむずかしいか?」
「父さん!でもそれはおじいさんも出来なかったって!」
端末画面を見ながら、必死に相手の分析を進める息子はさけんだ。
父は
「それをやるんだよ。じいさんができなかったことを、その子と孫が共同で挑戦するんだ。なかなかエキサイティングじゃないか。そんな体験、めったにできないぞ」
「そんな体験しなくてもい……父さん、左から触手が来るよ!」
「おおっと!……『しらぬい』」
火によって触手を退けたヨウイチロウは、息子とともに妖魔に立ち向かう。
命がけだが、息子とこんな濃密な時間を初めて過ごす父親の心は、ついわきたつ。
「さわりなすあらぶるかみをおしなえてえきれいはらうらんのさと(障りなす 荒ぶる神を 押し萎えて 疫癘祓う 蘭の郷)」
「ぐぎゃお!」
唱する歌に応じて、妖魔のまわりに薫りたかい蘭の花びらが巻きつくが、こたえない。
「疫癘祓いの歌も効かんか……流行り病系じゃなさそうだな。じゃあもう一度、これはどうだ?」
「おおはらやみかりのうたにたつしかもちがいをすればゆるされにけり(大原や 御狩の歌に 立つ鹿も 違いをすれば 許されにけり)」
銀色に輝く光の射手が矢を放つが、妖魔はそれを機敏によけて、ビルの壁に蹄らしき音をあげて駆け上がる。
「ダメだよ!今さら夢違え歌なんて!」
息子のことばに
「でも、少しいやがっていたぞ。あんなところに駆け上って……まさか、あいつの本性は鹿か?」
だとすると、ツノジカさまに仕える団員としては、少々やりづらい。
しかし端末で動きの分析をしていたヨウスケは
「ちがうよ。あの動きは鹿じゃなくて……そうか、あれは山羊だよ!岩壁を登る中東のヤギだ!」
息子の報告に、父は
「ヤギか……たしかに西洋系の神魔にはそんなのが多いが……おい、でも山羊なんて読みこんだ古歌あったか?」
「ないよ。たぶんヤギが日本に来たのって、江戸時代だもの」
データベースを検索して息子がさけぶ。
「じゃあ、どうすんだ?」
「わかんないよ!」
本性をあかされた妖魔は、もはやその野性を隠すことなく
「メ――――――ッ!!」
ツノを突き出し、ヨウスケめがけて頭上からおそいかかる……




