のりこと霧の部屋2
「お花はそれでいいけど……それより、あたしのこの格好ってどうなの?」
少女は不満げに自分の服装を見た。
いま、のりこがTシャツのうえに羽織っているのは、メッヒと同じ綾石旅館の印袢纏を、彼女の背たけにあわせて切りつめたものだ。
ふつう旅館の女主人やおかみといえば留袖の立派な着物を着ているイメージなのに、これでは夏祭りにあそびに出たこどもにしか見えない。
「やむをえません。あなたのような年ごろで留袖はおかしいでしょう。かといって振袖すがたでは仕事がやりにくい。その点、袢纏すがたならば旅館の関係者であることは一目瞭然ですし、どんなよごれ仕事をしていただいてもかまいません。いくらでも換えはありますからね」
「よごれ……しごともやらされるの?やっぱり」
外回りとか、トイレの掃除とか?たいへんそうだな。
「まあ、たいていは私とクワクでやりますが、たまにはたとえば火の中や水の中、毒の中をくぐっていただくこともあるでしょう」
「毒だなんて、またぁ……」
かたっくるしい番頭でもそんな冗談を言うんだと、おかしく思ったのりこだったが、よく見るとメッヒも、そのはたにいる男衆のクワクも、顔がぜんぜんわらっていない。
どうやら冗談ではないらしい。
(――まったく、いやになる)
先週、会ったこともない父親の実家の旅館に突然つれてこられたと思ったら、その次の日には、そこのあるじをおしつけられてしまった少女は、それからずっと緊張のしっぱなしだ。
おとといからは新たな小学校に通い出しそちらに慣れるのにもたいへんなのに、放課後は主人としての仕事をしなければならない。おかげで新たなクラスメートたちと遊ぶこともろくにできていなかった。
(だいたい、人手が足りてないんだよ)
メッヒに言いつけられてカウンターをふきながら、新主人は心の中でぼやいた。
ちいさな旅館とはいえ、お客さんの数は意外と多い。それをメッヒとクワクとのりこだけで応対しているのだ。
たしかに番頭のメッヒは、いつ寝ているのかわからないくらいはたらきつづけているけど、もうひとりのクワクは、のんびりといえば聞こえがいいが実際はかなりのズボラさんなので、なかなか動かない。
「あるじどのはがんばってござるよ」
などと言いながら、自分はミスばかりしてメッヒによくしかられている。
昨日も、北海道からのコロボックルの団体のお客さまをふんづけちゃって、大目玉をくらっていた。
しかし、そんなミスもあまりに人手が足りず、よゆうがないせいだとも思える。




