のりこと魔送りの夜1
「うーん、どうにもこまりました」
番頭メッヒはあごに手をやりながら、リリィの夢幻におおわれる旅館をながめた。
その横には連れ出されたのりこと芽依(の生霊)のすがたがある。
勝手口から飛び出してきたのは、アンジェリカとお美和だ。
「あれ、あるじ。えらいこってすわ。旅館中に『けったい』なもんがあふれて、わちゃくちゃ。食材もみんな『わや』ですわ」
逃げ出すのでいっぱい、という様子だった。
「あふれだした夢幻に旅館そのものが侵食されてしまいましたね。当旅館を飲みこむとは、さすが原初の夢魔。おそるべき力です」
メッヒがうなる。
「あのとろーんとしたのが、みんなリリィさんの夢だっていうの?」
旅館からあふれるものを指さすのりこに、番頭は
「ええ、実体をともなっているところがやっかいです。さらに、まずいことにもう日が落ちます。夜に入ると当然、夢魔の力は増します。対処がむずかしいですね」
「あなたでも?」
あるじの問いに、番頭はむずかしい顔で
「あの枷がはずれた状態のリリィに対抗するならば、私も自分の枷をはずさねばなりません。しかし、そうすると私も自分に止めをかけるのがむずかしくなります。前に申しましたとおり、このあたりの環境にはよろしくないでしょう」
たしかに、近所一帯を人の住めない状態にするわけにはいかない。
どうしたものかと手をこまぬいているうちに
乾……北西がわの天井がやぶれて、そこから大きく闇めいたものが飛び出した。そしてその後から次々と、様々な異形のものがあふれ四方に飛び散っていく。侍女やバビロニアの男たちのすがたもあった。
「なにあれ!?」
「正気を失ったリリィですね。そしてリリィが生み出した精霊……ヘブライ語で言うところのシュディムです。彼らは実際にはリリィの分霊です。侍女のイダルやアルダトもシュデイムでしたが、取りこみなおした上で、また出たようですね」
「だいじょうぶ?」
不安げなあるじの問いには、首をちょっとかしげて
「……人間に対してどうかという意味で聞かれたのならば『いいえ』としか申せませんね。夜の眷属たるあれらは、人間にとってはっきり害毒です」
「そんなの!いったいどうしよう?」
ご近所に迷惑をかけると聞いて、おたつきあわてる小学生あるじのうしろから
「――まったく、やっぱりこうなったか」




