のりこと霧の部屋1
「――あるじ、ロビーのお花はこれでよろしいですか?」
「えっ?……ああ、あたしのこと?」
メッヒに呼びかけられて、一日一度の仕事である置時計のぜんまいを回していたのりこはふりかえった。
玄関前に大きな花をいけていた番頭はつめたい表情で
「……残念ながら、現在この旅館であるじとはあなたのことです。はやくなれてください」
「へへ……」
のりこはバツがわるそうにわらうと、番頭がいけた鉢を見て
「きれいな花だけど……もしかしてその花、動いてない?」
たしかにその一見、胡蝶蘭のように白くあでやかな花は、まるでフラワーロックのように
花弁をうねらせ動いている。そのおもしろさにつられて思わずふれようとすると……
「きゃっ!」
近づけた少女の指にかぶりつこうとした花の柄を、メッヒがすばやくつかみとどめた。
「――ええ、そうです。ただ、こいつは食人花でかみつきますから安易に手を近づけないようにしてください」
「そんなもの、玄関に置いてだいじょうぶ?」
のりこが、無くすかと思った指を大事そうにさすりながら番頭に文句を言うと
「こいつがねらうのは人間だけですから、あるじが気をつければだいじょうぶです」
そうだった。この旅館はあくまで人間以外のものが利用するのだった。
お客さまに危害をくわえないのであれば、見た目はきれいな花だから文句が言えない。
花のくせに、自分を見てものほしそうにゆれるのは気に入らないが、今回は目をつぶることに新米旅館主はした。




