のりこと妖女なお客15
「――あたしは客よ。その客に対してそんな態度でいいのかしら?」
のりこにもはっきりわかるすさまじい妖気を放つリリィに対し、しかし綾石旅館の番頭はきっぱりと
「はい。そして、そちらのライオンもお客さまです。当旅館は決してお客さまを区別いたしません。どちらも等しく、大事なお客さまです」
(いいぞ!たまにだけど、あなたはよいこと言うよね、番頭!)
続けて
「基本的にヘブライ文化圏に属するあなたさまは、ギリシア英雄と獅子の逸話について、そこまでくわしく把握しておられなかったのですかな」
にやつきながら言った。
「それは、おまえとて同じではないか?悪魔」
リリィの問いにも
「……私はかつて、わがままなクライアントの求めに応じてファルサロスの野やペーネイオスの川におもむき、ギリシアやエジプトの神霊と交わりました。 おかげで多少の知識がございます。そもそも、私は厳密な意味でのヘブライ存在とは申せません」
「このまがいものの成り上がりめ!」
老侍女のののしりに
「そのとおりでございます」
もっともらしく頭を下げる。
「「よくも!」」
いきりたつ侍女ふたりに対し、女あるじはそのゆたやかな手を上げ
「よい。その悪魔の言うておることはなにもまちがっておらぬ。契約を重んじるは、われらがならいじゃ」
「し、しかし奥さま」
「わしに同じことを二度言わす気か?」
そのするどいことばに
「失礼いたしました」
侍女は下がった。
「――おそれいります、レディ」
いんぎんにメッヒが頭を下げると、妖女は
「この埋め合わせはしてもらうわよ。さあ、とっととその猫をつれて下がってちょうだい」
気分悪しげに手をふった。
母獅子の治療ができたうえ屠殺の危機を脱することのできたアリオンに、のりこと番頭はさんざんお礼を言われた。それはよかったけど……
「リリィさまは、おこってるよね?」
従業員部屋にもどってから、のりこはたずねた。
番頭はあごに手をやり
「……ご宿泊はお続けいただけるようですし、よいのでは?なにせ、本人が口になさった契約ですから。多少腹は立っても、リリィなら納得なさいます」
つづけて
「彼女や私が属した文化圏では『契約』は非常に重要な概念です。『神』ですら、それに応じます。そんな風土で育ったから、リリィは口約束でもいったん定めたことを守ったのです」




