のりこと妖女なお客14
「きゃっ!!」
たえきれず、目をつぶりそむけたのりこだったが
ぐいん
「……えっ?」
みょうな音に、思わず目を開けた。
見ると、アリオンの首からはまったく赤いものが出ていない。
「――どういうこと?これ?」
リリィが何度もナイフを突き立てるが、獅子の首の皮膚にはちっとも刃は通らず、しまいには刃の方が欠けた。
「えぇぇっ?いったいどういうこと、これは?」
おおぎょうにおどろくリリィの疑問に答えたのは、番頭だった。
「――まあ、いくら希代の殺人鬼がつかったナイフといったところで所詮コチラモノ……ニンゲンの持ちものです。かのネメアの獅子の血筋の皮膚を突き破るのはむずかしいでしょうね。なにせあの谷の獅子には、かのギリシア最大の英雄ですら刃物を突き立てることができなかったのですから」
冷静な解説に、のりこが
「でも、その人は獅子をやっつけてマントにしたんでしょう?いったいどうやったの?」
問うと
「手持ちの刀剣がすべてダメになった英雄は、まず獅子の牙をぬいたのです。その牙を突き刺すことによって、はじめて彼は獅子の皮を裂くことができました。ネメアの獅子の皮を裂くことができるのは、ネメアの獅子の牙のみです」
答えた。
「じゃあ、まずその獅子の牙を引きぬいてちょうだい」
いらつく妖女のことばに、しかし番頭は
「そうは参りません。アリオンさまは、皮はともかく牙をゆずるとは一言もおっしゃっておりません。
あなたがたが交わした契約では、あくまでその切り裂き魔のナイフを突き立てることによってその皮を得るとなっています。刃は通りませんでしたが、あなたはそのナイフを獅子に突き立てました。それで皮を得ることができないのであれば、そこで契約は終了です」
「バカな!それでは奥さまに皮が手に入らぬではないか!?」
侍女の不平だてに、しかし番頭は冷たく
「それは、あなたがたのご都合です。たとえば宝石を採掘するために鉱山を買ったとして、その鉱山からどれだけの鉱石が取りだせるかは買主の力量です。まったく取れないからといっても、売り手の責任ではありません」
ちょっと屁理屈っぽく聞こえるけど、なんでもいい。子獅子の身が無事ならば。さては、メッヒは初めから彼に刃が立たないのを見こしていたんだな。




