のりこと妖女なお客11
「これは、蟲の毒ね」
母ライオンの顔色や口の中を見ると、リリィはあっさり診断した。
「長命種によくあることよ。あまりに長い年月をこの世で過ごすうちに、不純な精が蟲と化して臓器にたまるのよ。たしか、東洋でも言うでしょ『獅子も身中の虫にはかなわぬ』とか」
「どうやったら助かりますか?」
のりこの問いには
「決まってるわ。蟲がわいたら蟲下しを飲ませればよい。ただ、この蟲に対する調合はむずかしいわね。これだけの不純な気をちらすとなると特別な材料がいる。ふつうは手に入らないでしょうね。――もちろん、あたしは持ってるけど」
鼻をうごめかす。
「じゃあ、それをゆずって……」
よろこぶ少女のことばには、しかし
「やってもいいけど、さてその代償はなにかしら?」
ぴしゃりと来た。
「無償というわけにはもちろんいかないわよ。あたしはこの地のアホアホにお人好しな医者とはちがうもの。気にいった代償がないかぎり手を貸すわけには、いかないわぁ」
鼻がかった声で挑発した。
そのことばにすばやく反応したのは子獅子だ。
「母のためです。ぼくにできることならなんでもします」
おなかと肉球を見せて、恭順の姿勢を見せる。
そんな親孝行なライオンの全身を、妖女はなめるように見わたすと
「あら、そう?ふうん、そうねぇ……せっかくだから、あなたの皮が欲しいかしらねぇ」
かわ?
「そう。たしかネメアの獅子の皮と言えば、それをまとったものを不死身にすると言われる貴重なものでしょ。ちょうど、あたしも次のシーズンに向けて新しいコートを新調したいと思っていたの。一頭分あれば、良いのが出来そう」
自分の皮目当てのファッション計画に、さすがに子ライオンの顔も青ざめる。
のりこも思わず
「そんな!だめだよ、皮なんて!死んじゃうじゃない!ひどいよ!」
さけぶと、妖女は小首をかしげて
「ひどい?なんで?動物の皮を身にまとうことは、もともと人間がはじめたことよ?あたしはそれをマネしてるだけ」
そのことばに少女が二の句を継げないでいると、はたにいる番頭が
「むかしはそうでしたが。今、世界のセレブのあいだではフェイク・レザーが主流になりつつありますよ」
援護射撃をした。
(よし、えらいぞメッヒ)
しかし妖女は
「今の人間の流行なんて知ったことじゃないわ。あたしは人マネをしない。オリジナルな女よ!」
と、自らの前言をあっさり無視した物言いをする。
気ままだ。
番頭はそれに対して
「あなたが『オリジナルな女性』であることは事実ですが……しかし、そう今の人間を邪険になさらずともよいのではありませんか?なんといっても、あなたがかつて愛した男の子孫でしょう」
ちょっと皮肉めいた口調で言った。
そのことばに、リリィは
「……『あの男』の話を、あたしの前でする気?『蛇の叔父』」
番頭をにらむ。
のりこがおもわずぞくりとした視線だ。
はたにいるクワクなどは、顔を青ざめさせぶるぶるふるえている。
「失礼しました」
メッヒはなにごともなかったかのように、頭を下げわびた。




