のりこと妖女なお客9
続けて
「とにかく気性が荒かったじいさんとちがって、ぼくたち生き残ったホラアナライオンは人間界でおとなしく暮らしてきました」
「ライオンが自然の中で暮らせないなんて、大変じゃないんですか?」
少女あるじの質問に、アリオンはわらって
「今さら自然にもどって生きるなんてまっぴらですよ。ぼくたちライオンのことを食物連鎖の頂点だと言ってみょうにおだてる人間もいますけど、現実にはぼくたちは非常に弱い存在です。
肉を食わなきゃ生きていけないですが、なにせぼくたちの狩りの成功率ときたら低いからね。そこらの野草を食べれば生きていける牛やシカなどの草食動物に比べて効率がわるい。正直、ハイエナが狩った獲物を横取りしなきゃ食ってけない、なさけないざまでした。災害なんかで環境変化があったとき、一番飢えやすいのはぼくたちですよ。
それに比べたら人間社会は天国です。なんだかんだ言って、一番飢えと縁遠かった。干したり塩漬けにしたりと、保存食として肉が食べられるなんてすばらしいよ。冷凍技術のおかげで、安定して骨付き肉や内臓が食べられるようになったときはうれしかったなぁ」
よだれをたらしながら言うと
「ぼくたちは人間のおこぼれにあずかって息をつないできただけです」
百獣の王様感はまるでない様子で、番頭の入れた冷えた麦茶(猫舌らしい)をなめすすった。
「ぼくたちはだいたい丈夫で長生きなんですが、年を取るとどうにも癪持ちになるんです。祖母もそれが原因で、5000才の若さで亡くなりました。
母は百年ぐらい前から時おりおなかにさしこみがおこるようになって。地元の医者に診てもらっても原因もわかりません。それで、一度腕のいい医者に診てもらおうとこの街まで来たのです。まさかそれが不在とは。こうなったら、故郷にもどるのもむずかしそうだ」
ため息をつきながら、苦しむ母をじっと見守る。
「あなた、どうにかできないの?メッヒ」
あるじの問いに、番頭は
「残念ながら、さすがの私も医療分野は範囲外です。基本的に、わが種族は他者の命を助けることを不得手とします」
「……じゃあ、ヘクセは?」
商店街で雑貨屋を営む魔女は、もともとメッヒのしもべだった。仲は良くないけど、頼めば協力してくれるかもしれない。
しかし番頭は
「あの魔女はたしかに薬類にくわしいですが、むずかしいでしょうね。ホラアナライオンの治療となると、彼女の中世的な知識よりはるかに始原の時代に近いものです……ふむ、魔女ね」
メッヒは思いついたようにあごに手をやると
「もしかしたら、リリィならなんとかできるかもしれませんね。彼女の薬学の知識は、ヘクセのそれとは比べものにならないぐらい深いですから」
えっ、あのお客さま?ちょうどいいじゃない。




