のりこと妖女なお客8
そう、ライオン。
ただし、どっちも後ろ足で立って歩いてる。服も着ているし、おそらくこの旅館まで来るあいだは、人間のふりをしてやってきたのだろう。
人間にわからないように溶けこむのはアチラモノがよくやる手だから、のりこはもう驚かない。
子ライオンらしき方が
「予約はしてないんですけど、部屋は空いていますか?二名です」
かしこそうな青年声でたずねてくる。
「はい!ご用意できますが……あの、お連れさまのお身体はよろしいですか?」
親……母ライオンらしきものの顔色は悪い。子ライオンにもたれかかっている。
「いえ。よくないので、できればすぐ横になれるようにしていただきたいのです」
子のことばに
「ええ、すぐに!ちょっとアンジー、お客さまをお部屋におつれして!……うん、あたしがふとん敷くから!」
力自慢のからくり女中アンジェリカにライオンをはこばせ、自分は大急ぎで布団を運んだ。
「すまないね、アリオン」
「母さん、いいから休んでください」
母ライオンは口をきくのもつらいらしい。
枕元によりそう子ライオンは、のりこたちに向かって
「ありがとう。いや、母もこの街に来るまでは頑張っていたんだけど。ここにきて体調が悪くなってしまったんだ」
「だいじょうぶですか?お医者さまを……」
「行ってきたんだけどね。いないと言われてしまった」
「あっ」
そうだ、さっき言われたんだった。
今この街に異界存在……アチラモノを診るお医者さんはいないのだった。
「この街にいる医者なら母の病気を治療できるかもしれない、と話を聞いてわざわざヨーロッパから来たんだけど、まさか不在とは。いったいどうしたらよいのか」
とほうに暮れる親子獅子だった。
「――あのお客さまがたは、ヨーロッパホラアナライオンですね」
「聞いたことないよ。動物園にいるの?」
のりこの問いに
「いえ。コチラモノの歴史ではもう滅んだ種とされております……が、生き残っていたんですね」
メッヒも知らなかったらしい。
「ギリシアのネメアの谷に住んでいたのが最後の一頭とされていますが、彼は気の荒い半分神の人間に狩られました」
子ライオン……アリオンに聞くと
「それは、ぼくの祖父です。あの気性の荒かったじいさんが狩られてからは、生き残ったわずかの一族で人間にまぎれて暮らしてきました。ぼくたちは人間に化けるのが得意ですが、たまにそれを見ぬく人間がいて、ぼくたちの形を像にのこしたりしました」
「ああ、それがあの『レーベン・フラウ』ですか?」
なにそれ?
「英語ふうに言うと『ライオン・レディ』ですか。ドイツで見つかった、最古の動物彫刻とされる象牙製の立像です。三万年以上前に制作されたと推定されています。たしかにあの獅子像は、人間のように立っていますね」
番頭のことばに、子獅子は
「ええ、あれはうちのひいひいばあさんのすがたです」




