のりこと妖女なお客3
「――あなたが、旅館の今のあるじ?」
リリィの問いに
「はい!のりこでございます。綾石旅館に、ようこそいらっしゃいませ!」
少女はせいいっぱい気を張り、ふだん以上に大声で挨拶をした。
そうしないと、なにかに飲みこまれそうに感じたのだ。
貴婦人は目をすがめると、おかしげに
「あら、かわいらしいわね……ちょっとあの男に似ているかしら?」
「あの男?だれのことですか?おとうさん?」
会ったことはないが、よく話にきく父・幹久のことかと思ったが
「――それはおそらく幹久さまの父上、つまりのりこさまのおじいさまでらっしゃるかと。リリィさまが『この前に』この街にいらしたときの旅館のあるじは、その方です」
番頭がことばを添えた。
えっ、おじいさん?……があるじだったときって、だいぶ前じゃない?まあ数十年ぐらい、アチラモノにしてみたらあっという間かもしれないけど。
リリィは
「そう?あたしそのあたりのことは気にとめないから、よく覚えてないのだけど……ただあたしが前にこの街に来たときは、この旅館をつかわなかった。おしいことをしたと思っていたから『今度』は泊まることにしたのよ」
メッヒは、顔見知り女性の顔をしばしうちながめると
「――それは、まことにおそれいります。前回のご訪問については、関係者より私もうかがっております。それから100年もたたないうちに、あなたがふたたびこの街にいらっしゃるとは正直……意外でした」
一歩ふみこんだ発言に、レディは
「……まあ、この街にはしのこしたことがあるからね。こういうのはなんていうのかしら?リターン?いや、リベンジかしら」
凄艶な笑みをうかべた。
番頭は
「……さようでございますか。ともかくも、よい旅となりますことをお祈りいたしております――クワク、お客さまがたをお部屋にご案内して。『女王の間』だよ」
「か、かしこまってござる」
緊張している男衆蜘蛛に
「あら、あなたアナンシの息子ね?……まったく、時の流れは速いわ。あのちっこくわらわらとうごなわっていた子蜘蛛たちの一匹が王になって、さらにそこからこんなかわいらしい子が生まれて大きくなるなんてね。
あのとき、気味悪いからとあなたのお父さんをふみつぶさなくてよかったわ」
感慨げに語るレディに、クワクはカチコチで
「お、おかげさまで、それがしも今こうして生かさせていただいております。ありがたいことでございまする」
レディはにっこりと
「どういたしまして」
侍女ふたりを引き連れて、しゃなりしゃなりと旅館の奥に進んだ。
いつのまにか輿や、それを担いでいた男たちのすがたはない。
まるで、幻だったかのように消えていた。




