のりこと妖女なお客1
その客が綾石旅館にやってきたのは、ゆうまぐれ……いわゆる逢魔が時だった。
「……もうそろそろですかね。ちょっと、外に出てお迎えしますか」
時計を見ながらそんなことを番頭のメッヒが言ったので、あるじののりこはちょっとびっくりした。
番頭の接客はたしかに丁寧だが、わざわざお客さまがいらっしゃるのを外に出て待ち受けるなんてことは、ふだんしない。
力や地位のあるなし、高貴に関わらずどんなお客に対しても平等に接するのは、この悪魔の(数少ない)良いところだと思っていたので、今日に限ってそんな対応をするというのが不思議だったのだ。
番頭は
「……私はお客さまに差をつけるような真似はしません。あくまで今回は、非常時対応です。なにせ、今からいらっしゃるお客さまはひどく高慢で怒りっぽく、さらにはすぐ暴れますのでね。仮に旅館に入る前に気を曲げられては、ご近所に迷惑がかかります。そのための見張りも兼ねた対応です」
なんだそれ?そんなめんどくさそうな客を受け入れなきゃいけないの?
「しかたありません。宿泊業を営む以上、正当な理由もないのに宿泊拒否などできません。当旅館は、どんな気むずかしいアチラモノでも受け入れるのが良いところです。
しかし、あの方がこの街にお出ましになるとは予想しておりませんでした。しかも当館をご利用とは……まあ、とはいえご予約が入った以上、いらっしゃるのでしょう。いたずらでこんなことをなさるとも思えません」
自分で反芻して納得させているのも、番頭らしからぬ態度だ。
そういえば夕方、電話で予約を受け付けたメッヒが
「えっ」
と(ちいさく)おどろき声をあげたのも、めずらしかったものな。
「……番頭どの。ほんとうに、あの方がおいでになるのでございますか?」
のりこやメッヒといっしょにならび待つクワクが、びくつきながらたずねる。
「正直、それがしはおそろしうございます。あの方に関わるのは、わが父でも避けておられましたに」
おびえる男衆蜘蛛に
「おそるるな、クワク。いかなる方であろうとお客さまに変わりはない。常と同じく対応すれば、それでよい。接客業の矜持を捨てるな」
ここまでウチの従業員に気をつかわせるだなんて、いったいどんなおそろしいお客さまがいらっしゃるんだろう?
そう思ってのりこがぼおっと道路に立っていると、にわかに肌寒くなったと思った直後、あたり一面に霧がたちこめてきた。もう日は落ちているのでねずみ色と青色が混じった、まとわりつくような霧だ。
そのもやけたなか、交差点の方からやってくるのは
「えっ?輿?」
幾人かの男たちにかつがれたそれは、一見お祭りのときのお神輿のようだ。しかし上下にはげしくゆらす祭り神輿とちがって、担ぎ手たちは声もたてず、ただすべらかに旅館の前に到着した。




