のりことあやしい旅館19
「おじょうさん、きこしめされよ。あたたまり落ちつくであろう」
「――ありがとう」
ラウンジのソファにこしかけクワクのいれたココアを飲むと、のりこは
「あの刑事……いや、グールだっけ?あのものたちは死んじゃったの?」
かたわらに立つメッヒにたずねた。
「死にませんよ、魔物ですから。ただ土の中に封じこめただけです。あとで組織にわたします」
「組織?」
「ええ。この『かむの』の街の協議会です。この土地は昔からいろいろなレベルの異界者……アチラモノが入り組んで存在していますからね。古くからのものは互いに協力してコチラモノ……人間に危害をおよぼすことなくやっていけるように、さまざまな情報を共有しあっています」
「じゃあ、この封筒は……」
「回覧板みたいなものです。人間に危害を及ぼす可能性のあるアチラモノが入ってきたときにすばやく確保するためのね。いま見張り番をつとめているのは、ツノジカをあがめる変わった連中ですから、こんなシカのツノの印が入っています」
「ふうん……」
聞くと、あのルーシェという麗人は「バイト」で組織と旅館のあいだのメッセンジャーをしているらしい。
「しかし、まさかあなたをつかってぬすみだそうとするとは思いませんでした。グールどももなかなか考えましたね」
「そうでござる。あぶないものですなぁ」
のりこは感心するクワクとメッヒの顔をじっと見て
「じゃあ本当に……」
言いかけたそのとき
「――ああ、クラレーヴァ。もうお発ちですか?」
宿泊客がチェック・アウトをしに階段を下りて来た。
「ええ、メッヒ。いまからまた南アフリカのほうに行こうと思うの。今回のかむのへの旅はたのしかったわ。久しぶりにアカカガチのおにいさんにも会えたし」
「それはようございました」
「あなたの言うとおり、ウオッカをたくさん持って行ってよかったわ」
「あのかたは酒好きですので」
ロシアの美女は、どこに持っていたのだろう?来た時とうってかわった豪華なエメラルドグリーンの毛皮をまとっていた。
「また『あれ』がいただけるなら、帰りによってもいいわよ」
クワクに流し目を使うクラレーヴァに、
メッヒは眉根をよせて
「ああクワク、またかってにあの粉をゆうづうしたんですね。かむの石はのこり少ないものだから遠慮してもらえ、と言ったでしょう」
「ウムムムム。……めんぼくない」
クラレーヴァはつやっぽい笑みをうかべて
「フフフ。あまり怒らないであげて、メッヒ。アフリカ男性は女性にやさしいのよ。じゃあ、失礼するわね」
ロシアの美女はしゃなりしゃなりと毛皮の裾を、まるで尾を引くように去っていった。




