のりことあやしい旅館18
「おい、頭。ほんとうにこの手配書さえ書きかえときゃ、おれたちは日本を気ままに動きまわれるんだろうな?」
「ああ、ちがいねえ」
「そうか。じゃあせっかくフランスから来たんだ、今から日本旅行を楽しもうぜ。――まず手はじめに、そこの日本産の女子をかじるとしようか?」
「それがいい。なにせおれたちの言うことに、まんまとだまされたバカなガキだ。むかしからオツムのたりないこどもはうまいと相場が決まってる」
「賛成、賛成」
「くおう、くおう」
とんでもない相談をかってにまとめた小鬼たちが、恐怖で身動きもとれないのりこをかこみにかかった……
そのとき
「――せっかくの歓談に水をさして、もうしわけありませんが、その希望はかなえるわけにまいりませんね」
と、冷ややかな声が工場の門扉からかけられた。
立つのは、袢纏をはおった綾石旅館の番頭・メッヒだ。
「お客さまのご希望には最大限こたえることをモットーとしている私としては残念ですが……いくら、あなたがたがおっしゃるとおりオツムがたりず、かじったら美味かもしれないとしても、そのおじょうさんはわが旅館の主すじです。ご賞味いただくわけにはまいりません」
(なんだ、その失礼な言いぐさは)
番頭はいやみたっぷりな言い方をしつつ、小鬼たちを威圧するように冷然と近づくと
「――ふうむ。最初見たときからどうもくさいな、とは思っておりましたが、まさか食屍鬼の群れがひとかたまりになっていたとは思いませんでした。それで組織の目をごまかして、この『かむの』に入ったんですか。なかなかやりますね」
ほめてるんだかバカにしてるんだかよくわからない言いぐさに
小鬼……食屍鬼たちは
「うるせえ、この使い魔が!引っこんでろ!どこのどいつか知らねえが、人間につかわれて番頭なんかしてるところをみると、たいしたもんでもないだろう!オレたちの邪魔しやがると、かみくだいてあの世のチリにもどしてやるぞ!」
すごんだが、
メッヒはそれをまるで無視すると、のりこに向かってうやうやしく頭を下げ
「おケガはありませんか?おじょうさま。私の注意が足りず、このような目に会わしてもうしわけありませんでした」
「……ううん、だいじょうぶ」
そんな自分たちなど眼中にない番頭の態度に、食屍鬼はいきりたち
「オレたちのことを無視しやがって!なめたマネすると後悔するぞ。とっととそのこどもをわたして引っこんでろ!」
メッヒはちらりと目だけ動かして
「まったく……ふゆかいな方たちですね。弱いものほどよくほえる。自分たちの状況が今どうなっているかもわからないのですから」
「なんだと!……おっ?」
見ると小鬼たちの足元の地面には、彼らをとりかこむようにあやしげな文様が浮き出ていて、土がまるで泥のようにやわらかくなっている。
食屍鬼の足はすっかりそれにとらわれて動くこともできない。
「な、なんだ?この魔方陣は!おれたちは土系の魔物だぞ!そのおれたちがなんで地面になんかとらわれている!?」
「――単純な話です。あなたがたより私の方が力が上、ということです」
あれよあれよというまに土に飲みこまれていく食屍鬼たちは、苦しげにさけんだ。
「そんな!オレたちはジェヴォーダンの獣だぞ!そのオレたちより力が上のものなんて……メッヒ?……まさか、おまえ!?いやっ『あなたさま』はメフィス……」
「――時間切れです。さようなら」
最後まで言うこともできず、廃工場の地面の中に食屍鬼たちは飲みこまれてしまった。
あとにはなにものこっていない。
のりこは何もいえずただぼうぜんとした。
「――さて、旅館にもどりましょうか」
腕時計を見ると、ちょっとしたつかいを終えたかのような気軽さでメッヒは言った。




