のりこと純真なお客10
「おっ、梵字だな?」
「へい、サンスクリット字のことをこっちではそういうんだってべな。
ガンダルヴァがつくっだ城なんて、おらも不勉強でそんなもの知らながっただども……運が良うございましたねぇ、おじょうさん。
たまたま、おらの知り合いの古本屋の親父が、その在りか示す地図ってなもんを、つい一週間前に仕入れだっで言うだよ。
おらはサンスクリット字は読めねえけんど、親父はホンモノだって保証してたよ。
めずらしいもんだがら値段は高ぐついだども、なんとか手に入れださ。
これもみんなおじょうさんのためだよ、デヘッ」
げひた笑みを見せる。
よだれを床にたらして、あとの掃除が大変そうだ。
「まあ、ありがとうございます。じゃあ、早速この石と交換ですわね」
カリアがふところから出そうとする宝石に、男の目はきらりと光ったが
「いげねえ、おじょうさん。安易にそんなものを出しちゃ。
まずはちゃんと品を吟味しねぇと。そのためにこちらのヒゲのダンナもいるんだべさ?」
古物商のもっともなことばに、呂洞賓も
「ふむ。俺はたしかに梵字を読めねえことはねえが、なんだかこれはモノが古いから、字がかすれてすぐには読めねえな」
地図を手に取ってみる。
「じゃあ、その地図の読み解きはダンナにおまかせするとして、そのあいだにおらだぢはどうしだらおめぇさんのおっかさんを助け出せるか策を練るべ。
な~に、そだら金の話なんで、おっかさんが見つかっだあとで十分だよ。
じっくり部屋で考えようで」
「そうでしょうか?」
そう言って、ふたりは松原の間に行く。
それにクワクもついていく。
「どう思う?」
のりこの問いに、仙人は地図を虫眼鏡で見ながら
「なんだかいけすかねぇ野郎だな、下品な顔しやがって。いまもあの娘をいやらしい目で見て鼻の下をのばしてやがった。……たぶんありゃ猿だぜ」
「サル?」
そういやおサルさんぽかったけど、なに?猿って孫悟空みたいなの?
「中国の斉天大聖は石から生まれたが、ありゃちがうな。モノホンのエテ公だ。
だいたい昔っから、猿のバケモノは女ったらしって相場が決まってる。油断ならねえぜ。
しかし、この地図はいったいどこらへんを描いてんだ?文章を読むかぎりタクラマカン砂漠っぽいんだが……」
そう言って地図をにらむ仙人。
「あなたはどう思う?」
番頭にたずねると
「たしかに、あのお客さまはサルの仲間でしたね。
ただ、その地図が本物かどうかは、その示されている場所に実際に行って確かめでもしないとなんとも言えないでしょうね……」
なんだか、あまり気がない言いぐさだ。
「どういう結果にしろ、お客さまどうしの商談にわれわれは口は出せません。この一件は呂洞賓さまにおまかせしておくべきでしょう」
「へっ、都合のいいとこだけ押し付けやがって。この悪魔が。
――まあ、しかたねえ。とにかくもこの地図にもとづいての探しをおじょうちゃんらと算段するか……」
そう言って松原の間へと向かった呂洞賓だったが、しばらくするとあわてて
「おい!こりゃ、どういうこった?おじょうちゃんたちのすがたがねえぞ!
消えちまった!」
「なんですって?」




