のりこと純真なお客9
「インドでは有名な叙事詩です。
さまざまな挿話やテーマが差し込まれてあり、聖典の一つとみなす宗派もあります。『マハーバーラタ』とならんで、あるじにも読んでおいていただきたい書物です」
ラーマーヤナという話は長いらしいが、一言で言うと、奥さんをわるい魔王にさらわれた勇敢な王子が、苦労の末、魔王を打ち滅ぼして奥さんをとりかえす、という筋らしい。
「たしかに、アプサラーはガンダルヴァといっしょになるものとあったように思いますが、そんなにしつこいものだとはねぇ……それにガンダルヴァの城……」
番頭は首を少しかしげたが、その後は気を取りなおして
「……まあ、なんとあれ、お客さまに快適なご利用をいただくことが、われわれ旅館スタッフの務めであり喜びです。最善の努力をいたしましょう」
かつて罪のないたましいをうばってきた悪魔が言うと、説得力ゼロのセリフでしめた。
その日の夕方、電報どおりに一人の客が綾石旅館にやってきた。
見た目は野球帽をかぶった、えらく皺だらけでくしゃくしゃとした老け顔の、小さなおじさんだった。
おじいさんとまでは言えないのは、声がそこまで老けていなかったからだ。
「あんのぉ、おらヴァリって言うんだども……こっちにカリアっつう、めんこい娘っ子はいるべか?」
紙袋をかかえてニタニタしている。
だらしなく口を開けた感じがちょっと下品で、いやらしく見える。
ロイやクワクは男を見ただけで不審らしく、けわしい表情でむかえる。
メッヒのみが常と変わらず、もみ手をして愛想よい。
「はっ。カリアさまとご約束のお客さまでございますね。はい、承っております。ようこそおいで下さいました」
「古物商さん、このたびはどうも」
ラウンジで頭を下げるハーフ天女に、ヴァリは
「ああ、おじょうさん。会いだがったよ」
相好をくずしてよろこぶ。よだれも垂れてそうだ。
カリアは行儀よく
「このたびは、お手間を取っていただきありがとうございます。それでお願いした品は?」
「うんだ。こごにちゃんとあるだども……なんだ?こんなところで大事な品をおっぴろげていいだか?」
「ええ。この方たちにも品を確認していただこうと思いまして。たいへん貴い聖仙さまたちでらっしゃいます」
「おう。俺ぁ、呂洞賓つって、これでもその筋じゃあ、ちょいと知られた男よ。このたびは、はばかりながらおじょうちゃんの介添え人として居させてもらうぜ」
「……んだか?」
古物商は急にしゃしゃり出てきた東方の仙人をうろんげにすがめたが、下手にさからわない方が良いと判断したらしい。
「……まあ、おじょうさんがええっちゅうなら、ええだども」
そう言って、紙袋から古そうな紙をひろげた。




