のりこと無量の部屋11
「……やれやれ、やっぱり始まっちまったな。こうなると、なかなか終わりゃせんのだ」
バルコニーにのこされたロイはひげをしごきながら、なげいているんだかおもしろがっているのだかよくわからない口調で言った。
「……まあ、おじょうさんたちもいっしよにどうだね?茶でも飲みながら見物するとよい」
すすめられるまま縁台にこしかけ、番頭の入れたお茶をすすりながら、のりこはふたりの、どう見ても人ならざるものの空中決戦をながめた。
「――なんなの?あのひとたち?」
のりこがたずねると、メッヒは
「震旦……中国の仙人です。リー……李鉄拐とチャン……張果老といえば、この国でもけっこう有名なんじゃないですかね?」
もちろん、のりこには初耳の名前だ。
それにしても、仙人といったら悟りを得てしずかに山の上とかで過ごしてるイメージなのに、あのふたりときたら口汚くののしりあってケンカするなんて、ずいぶん気性が荒いじゃない?
「そんなものです。『封神演義』という小説……というか実話録にも出てきますがね。意外と仙人は戦闘的なものです」
「――ふん。悪魔に言われると、こたえるな」
ロイがひげをさすりながら苦笑う。
番頭はつづけて
「それにしても、李鉄拐と張果老がけんかしているという噂話は本当だったんですね。ただの『落語』だと思っていましたが……」
わけのわからないあるじに、番頭が説明をした。
「あのふたりの仙人は、同じ『八仙』というグループに属するんですが、かつておふざけで舞台芸人をしたことがあるんですよ。
奇術師……マジシャンとしてですが、ほら、なにせふたりともホンモノでしょう?かなり人気が出たんです。
ところがそのうち、二人の人気に格差が出始めましてね。張果老の方にばかり客が集まるようになってしまいました」
ロイは
「ふふん。術の腕に差はないが、なにせリーの野郎は、ぶすっとしてて身なりもきたないだろう。いくらすごい芸でも、小ぎたねえ奴がやってるのなんか、金出して見ようとは思わねぇ。
チャンはつるっぱげだが、小ぎれいにピカピカさせてるからな。愛嬌もあっていい。そりゃ、おんなじ人気とはいかねえぜ」
つづけて
「そんな客商売の当たり前のところもわからねえで……あのリーのバカ野郎、チャンをねたんで、あいつが大事にしている白紙をこっそり盗みだしやがった」
紙……さっき虎に化けたあれか?




