のりこと無量の部屋8
のりこは思考がフリーズした。
言ったらなんだが、清潔の真逆にあるオジサンが口にしたお茶、それを飲む勇気は現代日本の小学生少女にはない。
思わずメッヒを見るが、なぜか彼は知らん顔だ。
あるじが客にハラスメントを受けているというのにひどい。
今ここで
「飲めるか!」
と、突き返すことはかんたんだが、しかし客商売としてお客に対して無下なことは言えないというのはわかっている。
「――ありがとうございます。ちょうだいします」
そう言いつつ、旅館の半纏にこぼして飲んだふうに見せた。
そのとき、みょうにいいにおいがするなと思ったのがおかしかったけど。
リーは、のりこがごまかしたことに気づいたかもしれないが、わらって見ていた。
メッヒが
「……まあ、いまのあなたならそんなものでしょう」
とわらったのも腹が立った。
そんな風に応対していると、新たに客が来た。
ふたりのアジア男性だ。
見たとたん、リーが杖を立てて立ち上がる。
「――やあ、ロイの兄貴。やっと来なすったね」
それに対して
「よお、リー。ちゃんと逃げずに待ってやがったな」
長く立派な黒ひげをたくわえた男性が、気がるに話しかける。
リーは腰低く
「へへっ、あっしをこの道に導いてくださった兄貴の言いつけにそむいたりはしやせん。……ただ、ずいぶん待たせてくれやしたね」
「ああ、すまねえ。こいつをつれ出すのにちょいと手間をくってな。――おい、チャン。そんな仏頂面してねえで、なにか言ったらどうだ?」
そう言われた同伴客……白ひげに短髪のおじさんというかおじいさんは
「……そう言うがね、ロイさん。あたしゃ、やっぱしこの男と会うのはいい気分じゃないよ。なにせ、あたしの大事な宝を盗んだ野郎だ」
――なんだって!?
いま聞き捨てならないことを聞いたぞ。ぬすんだって?
じゃあこのリーという客が今回の旅館内のドロボウかもしれないじゃないか?
チャンのことばに、ロイは顔をしかめて
「その件については、この野郎のちょいとした出来心だということで話がすんだはずだろう?わびてパオペイも返したじゃねえか」
「そうだ、いつまでもウジウジとケチくせえこと言ってんじゃねえよ。この白ヒゲつるピカ頭!」
「なんだと!この小ぎたねえ杖つきぬすっとが!」
リーの売りことばにチャンも買いことばでののしり返す。
そのあいだに立つロイは腹を立て
「やめねえか、おめえら!こんな旅館の店先で会ったとたんに、みっともねぇ!
なんで、このおれがわざわざこんな島国に出っ張ってきたと思ってやがる!
おめえらふたりがいつまでもごちゃごちゃとケンカしやがって、故郷にちっとも帰ってこねえもんだから、のこったやつらが心配して
『ロイの兄貴、ちょいと行って来てくんねえか?』と頼まれたから、来てやったんじゃねえか!
そのおれの苦心を無視しやがって、出会った先から悪態のつきあいたぁ、どういう料簡だ?
なめてやがっと、どっちとも餃子のタネぐらい細かくミンチにしてから、五岳の下に埋めてやっぞ!」




