のりこと無量の部屋5
その後、のりことメッヒは従業員を集めて、犯人はいないか問いただした。
「――盗みなど、もちろんそれがしはしておりませぬぞ!」
旅館のあるじのしるし・ソロモンの鍵をかかげるのりこに向かって、クワクは意気高く言った。
「ふむ……ちがうか。残念だ、おまえが疑わしい最有力候補だったのだがね。なにせ盗み食いが得意なやつだ」
番頭の遠慮のないことばに、男衆蜘蛛は心外そうに
「なんと失敬な!この男・クワク、こっそり味見をすることはあっても、お客さまのふところに手を出す、そのような『護摩の灰』じみたマネは決していたしませんぞ!」
「ごまのはい」とは、旅人をよそおった盗人を意味する言葉らしい。
古い時代劇映画を観て日本語を勉強したこのガーナの蜘蛛の精は、古くさいことばにみょうに強い。
メッヒは
「そんなこと自慢するようなことではない。――しかし、やはり従業員は盗難に関わっていないようですな。なんといってもソロモンの鍵にかけてあるじが問いただせば、われわれ従業員がうそをつくことは不可能です。
すでにできる範囲で出入り業者もチェックしましたが、あやしいものはおりませんでした」
犯人が見つからず番頭は残念そうに言ったが、少女としては仲間に犯人がいないことはうれしいことだった。
しかし
「面倒なことになりました。これでは悲しいことですが、宿泊客さまに疑いの眼を向けねばならない」
お客さまに!それはゆゆしき問題だ。
「――もしお客さまのなかにドロボウがいたとして、もうチェック・アウトしてどっか行っちゃったとかはないの?」
あるじの問いに、番頭は
「先ほどボールペンが無くなった時間から考えて、それは考えにくいかと。
すべての紛失が同一犯によるものだとしたら、いまだ当館にいるものと考えてよいでしょう。
盗難らしきことが起こりはじめたのは、およそ一週間前からです。そして、ただいま当館にお泊りのお客さまはべつべつの三名さま。いずれさまも、すでに一週間以上のご宿泊をいただいております。つまり、容疑者リストから外すことができません」
ふつうの宿では長期滞在をする客がそんなにいること自体めずらしいかもしれないが、この綾石旅館ではそうでもない。
なにせ全国的に見てもアチラモノ……異界の存在を迎え入れる旅館は多くないからだ。この国で長期滞在しようとすると、必然的にこの旅館に泊まり続けることになりがちだった。
アメリカから来たナンシーおばさん……実はクワクの父にして偉大な蜘蛛の王アナンシも一月以上宿泊していたし、それ以前だとルーシェ……あののりこをだました堕天使なんてのは、一年以上もこの旅館に宿泊していたという。
「今考えると、よい顧客を失いましたね。あの堕天使は支払いがきれいでしたから」
と、自分が地獄の底に送りかえしたくせに番頭はすまし顔で言っていた。




