のりこと無量の部屋2
とたんに、番頭は腰低い接客モードに切り替わる。
「ああ、これはバニヤンさま。ご出立でございますね」
「ハーイ、番頭サン。ワタシはもう出ます。今日までアリガトウ」
そのチェックのシャツにジーパンすがたの客は、白人の男性だった。
ただし、すごく背が高く大きい。
とても、大きい。
ざっと見て、6メートルぐらいある。
それだけの背丈のものが、器用に腰と背中をかがめて、和風の低い天井の廊下をわたってくるのは不思議な光景だった。
「――ふうっ!ここの廊下はたしかに低いけど、部屋は天井の高いところにしてくれたね!おかげでラクチンだったよ!」
アメリカから来た大男ポール・バニヤンに番頭が用意した部屋は、そのものずばり『巨人の間』と言って、すべての調度品・設備が超ビッグサイズにあつらえている部屋だ。
もともとはダイダラボッチという日本の客用に用意した部屋だったのだが、アチラ(人ならざるものが住む世界)には体が大きいものが多いので、意外と稼働率の高い人気の部屋となっている。
「これなら、古代のギガスたちにでも満足いただけます」
と番頭も豪語する部屋だ。
「アー、それにシェフにもよくお礼を言っておいてください。
あのあまからいパンケーキはおいしかったよ!」
綾石旅館がほこる料理人にして口裂け女・お美和は、胃袋も超巨大なポール・バニヤンに合わせて、プロレス・リングほどの大きさがある特注鉄板で、巨大なお好み焼きを調理して提供した。(お美和は関西出身なので、そのお好みは山芋などでふんわりさせた生地に、キャベツやイカやエビ・肉をふんだんにまぜたミックス焼きタイプだ)
あんまり大きな鉄板だから、油をのばすのも大変で、クワクが水面のアメンボよろしく七本の手肢をモップにのせてのばしたほどだ。
「――それはおそれ入ります。料理人も喜ぶことでございましょう」
頭を下げる番頭にうなずくと、バニヤンはその大きなあたまの向きを変えて
「おじょうちゃんにも世話になったね。まさか、こんなかわいらしいガールがホテルのボスだとはおどろいたが、おかげでステキな旅をすることができた。ありがとう」
「はい、こちらこそ!ご利用をタマワリマシテありがとうございました」
「ウン、ウン……」
メッヒに仕込まれたことばを、かたことふうにかえすのりこをバニヤンはほほえましげに見ていたが、どうも、まだ何か言いたそうなことがあるようだ。
「あの……なにかゴフマンでもございましたか?」
少女あるじの問いに、体は大きいが神経は細やかで気をつかう性分の巨人は
「ハァン……いや、あの、その……昨日ワタシがキミにもらったブックマーカーがあるだろう?」
「マーカー?……ああ、栞のことですか?」




