のりこと無量の部屋1
「――どうも、おかしいですねえ」
「えっ、なにが?」
いまだにちっともなつかず、スキを見せると自分にかじりつこうとする食人花の鉢植えに命がけで水をやっていた綾石旅館の少女あるじ・のりこは、けわしく眉根をひそめてカウンターに立つ番頭・メッヒにたずねた。
「ここにあったはずのボールペンがありません。二本少なくなっている。アンジー、きみは知らないかね?」
「あたし、存じませんわ」
からくり人形 (オートマトン)の女中・アンジェリカは、その愛くるしい眼をくりくりさせながら、ほがらかに答えた。
彼女は今、テーブルをきげんよさそうに拭きあげている。
「ここのところ、なぜだか体の調子がいいんですの」
と、言っていた。
からくり人形の調子のよしあしはのりこにはよくわからなかったが、朝から釜にくべる薪を手刀でパカスカ割っていたみたいだから、体が悪いということはないのだろう。
「なくしちゃったの?」
あるじの問いに、番頭は不服げに
「私がものを紛失するということはありえません。それに、昨日見たときはたしかにこのペン立てにさしてありました」
「クワクが持っていたままなんじゃない?」
ガーナ生まれの男衆蜘蛛は、うっかり屋さんだから、大いにありうる。
しかし番頭は冷ややかに
「あのものの行動に、ペンで字を書くなどという知的作業は組みこまれていません。せいぜいペンまわしをして遊ぶぐらいでしょうが、それならすでにホウキでやっています。
……まったく、なんど注意してもやめない。にくたらしいことです」
いつもの小言に入りそうなので、のりこは話をもどした。
「でも、まあ備品が少しなくなるぐらいはしかたないんじゃない?」
あるじとしては、小さなことで職場の雰囲気がわるくなることはさけたいところだ。
しかし、番頭はけわしい表情をくずさず
「単純な紛失ならば、かまいません。ただ……」
そう言っているとちゅうに、宿泊中の滞在客が二階から降りてきた。荷物をかかえてチェック・アウトだ。




