のりこと黄金の小箱29
「……そうですか、史郎は消えましたか」
「花咲のじいさん」こと社長の大二郎は、綾石旅館のラウンジでアンジェリカの入れたお茶をすすりながらのりこと向き合った。
「――うん。目をはなしているうちに流れるように地下に行ってしまったの」
「においなどの手がかりを残さないうえ、からだを細かく分離・集合しながらの移動のようです。私にも足どりがつかみきれません」
メッヒの説明に、ゆたかな白髯(白いほおひげ)をさすりつつ、「花咲」の社長は
「……話を聞くかぎり、もはや、史郎は人間をやめてしまったのかもしれませんな」
と、ため息まじりに言った。
「でも、あたしのことをたすけてくれたよ。あたしのことをわかってくれていると思う」
のりこは老人を元気づけるために言ったが、本当にそうだったかどうかはわからなかった。
錬金術協会のミスター・ディーは、賢者の石の作用で変化した人間について
「――変身後について、わかっていることは少ないのです。コミュニケーションを試みたものはすべて失敗しています。いきものといえるかどうかもわからないのです」
と言っていた。
「――しかたありません。せがれがえらんだ道ですじゃ。
木守さまから授かった技術をとだえさせぬようにと、いやがるあいつを無理に花屋にしたわしが、そもそもまちがっておったのでしょう。
しかし、まさか中年をすぎた息子にこのようなかたちで反抗されるとは思いませなんだ……こどもを育てるのは、花を育てるようにはいきませんなぁ」
どんなむずかしい異界の植物も手なづけ育てる名人は、息子の失踪に、ただなげいていた。
おさないのりこにかけられる言葉はもちろんない。
「こどもには好きな道を進ませるべきですな。おじょうさんも、ちゃんと好きな道を選ぶとよろしい」
「そう?」
そう言われても、あたしの道はどうなるんだろう?このままこんなヘンな旅館のあるじをつづけていくんだろうか?それとも、ちがう生き方をしていくんだろうか?
番頭に
「どうなるんだろう?あたし」
とたずねると
「知りません」
そっけなく言われた。




