のりこと黄金の小箱28
「きゃあ!」
おどろくのりことアンジェリカを後目に、蜘蛛の王さまは血のついたナイフを腰にもどすと
「……せがれよ、これで十分なはずだ。その痛みと引きかえに、おまえの背負う罪をおろすがよい」
と、おだやかに言った。
わきに立つメッヒは
「……ほう、みごとな抜刀です。日本の居合に近いですな」
と、どうでもよいところに感心している。
「――くぅぅぅぅっ!」
「クワク!」
顔をゆがめるクワクに、のりこはあわててかけよった。血はほとんど出ていないが、その痛みは想像するだけでもおそろしい。
「なんで!?なんでこんなひどいことを!自分のこどもの肢を切るだなんて……」
父蜘蛛を責める少女。
しかし、息子蜘蛛は痛みに耐えながら言った。
「くぅぅぅ……あるじ、よいのです。それがしはこれぐらいのことをしたのです。
……父上、もうしわけございません。それがしの粗相から、親に子に刃を当てさせる不孝をしました」
「……気にするな。これで、おまえも心置きなく旅館にもどることができるだろう」
自分の肢を切り落とした父親に涙ぐんで感謝する蜘蛛の気持ちは、のりこにはまったく理解不能だったが、親子のあいだでは通じ合っているらしいから、それでいいのだろう。
それよりも
「――えっ?クワクが旅館にもどってもいいんですか?あとつぎにするんじゃないの?」
のりこのことばにアナンシは
「いまどき、いやがっているこどもにむりやり親の仕事をつがせるのは流行らないからね!それに、まだわしは十分元気なんでな!あと千年ぐらいは代をかわる気はない!」
(……千年って、それじゃその前に、あたし死んでるよ!)
「……とはいえクワク、おまえが王位継承権を持つものであることはかわらない。それを考えながら旅館につとめよ。
そして、テレビ電話でいいからたまには母さんに顔を見せるのだ」
父のことばにだまってうなだれていたクワクは、のりこに顔を向けると
「――あるじ、またお世話になりもうす」
と、いたずらっぽい笑顔で言った。
おさないあるじは、なみだでいっぱいになった目で返した。
「まあ、いいけどさ!そのかわり、ちゃんと仕事してよね!」
そんな、てれかくしであるじがはなったことばに
「それはとてもよい心がけです。あるじが社員教育に力を入れるのは、よいことです」
人の気持ちをくまない悪魔番頭が、とぼけたことを言った。




