のりことあやしい旅館12
「それはもちろん恩義を感じておりますが……」
肩をすくめるクワクにクラレーヴァは、せっぱつまったように
「とにかく、あたしはもうガマンならないのさ!ふるえが来るくらい」
ほんとうにその指はおちつきなく、こきざみにふるえているようだ。
それを見てクワクはしかたなさそうに
「……では、ほんに些少でござるよ。番頭どのにはないしょにしてくだされ」
そう言って、あたりをはばかるようにわたしたのは、小さな透明ポリ袋に入った、白い結晶のような粉だった。
のりこはそれを見てびっくりした。
(あれって、まさか……あぶないクスリ!?)
少女の脳裏にうかんだのは、このあいだ小学校で開催されたばかりの特別講習会だった。その資料映像の中で、警察につかまったろれつの回らないあやしい人がかくしもっていたのが、ちょうど同じような小袋だったのだ。
「「……ざんねんなことに今の時代は、このように体をボロボロにする危険な薬物が、みなさんのようなこどものすぐ近くにひそんでいます……」」
まさか、ほんとうにその現物に出くわすだなんて!しかも知りあったばかりの従業員が!こんなことはすぐに、春代おばさんか番頭に知らせないと……。
のりこは気づかれないようにふたりのそばをぬけて、まだメッヒが仕事をしている受付カウンターに向かった。
声をかけようと思ったが、タイミングわるく、あの棒っきれのようなアジア青年が、なにか注文をつけていた。
「――いいから、はやく手に入れなさい。いや、入れろ!」
青年はずいぶん強い調子でメッヒにかけあっている。
番頭は冷静に
「……と、言われましてもこまりましたね。なにせ急なご要望ですから」
「おまえに言えば、すぐに用意できるというから、この宿をえらんだんだ」
「しかし、急に三〇〇丁も、となりますと……」
(三〇〇丁って何を?お豆腐?今ごろ?)
のりこは首をかしげたが、つづくことばは衝撃的だった。
「いいから、はやく手に入れろ!日本の『銃』の性能がいい、と言うから来たんだ!次の闘争に向けて、どうしても、それだけの数がいる!そろわないでは『ボス』に顔向けができない!」
声を荒げてカウンターをたたくこぶしの音は、ピシピシしてまるで竹みたいだ。
そんな青年をなだめるようにメッヒは
「ほかのお客さまが寝ておられますので、どうぞお静かにねがいます……わかりました。三〇〇丁ですね。明日中に用意いたしましょう。……しかし、お値段がはりますよ」
「かまわない。カネは持ってきた」
そう言って自分の胸をはる音もカサカサとして、たよりない。
体はだいじょうぶか?と心配になるほどだ。
(そんなことより、ガンってどういうこと?鉄砲を買いに来たの?それって、どう考えても法律違反だよね?わるいことだ!)
……なんてこと!従業員があぶないクスリをあつかってる、って知らせようとしたのに、その番頭も悪いことをしているだなんて!
少女はトイレに行くのもわすれて、廊下のベゴニアの鉢植えのかげにかくれてかたまった。




