のりことあやしい結婚式13
同じく、そのころ。
従業員すべてが結婚式にかりだされ、あわただしく立ちまわっている綾石旅館のかたすみの「かくし」部屋に、うごめく黒い影が一つあった。
そんな部屋があることは従業員のだれも……番頭のメッヒですら知らないことだ。
ドーム状になっているその部屋は、とてもかくし部屋とは思えない大きさで天井も高い。
ちょっとした大学の研究室のようになっていて、さまざまな坩堝やフラスコ、ガラス瓶の中に得体の知れない物体が入っている。
部屋のまんなかには金属製のりっぱな炉があり、その中で、ふつふつと金属がたぎっている。
いま、そのたぎる炉に影がくわえようとしているのは、手に持つ一輪のあざやかな赤いバラと白いユリの花だった。
「――こんなところで、いったいなにしてるの?花咲のおじさん」
不意にうしろから声をかけられて、エプロンすがたの影……花咲史郎は花を落とした。
出入り業者はすっかりうろたえて
「お、おや、これはのりこちゃん。どうやってこの部屋に?暗証呪文を知らなきゃこの部屋には入れないはずだが……」
それに対して、袢纏すがたの少女はちらかった部屋を見わたしながら
「だって、あたしはこの旅館のあるじだもの。これがあれば、どの部屋にだって入れるよ」
そう言って首につってあるのを見せたのは、旅館あるじのしるし「ソロモンの鍵」だった。
「……あたし、こんな部屋があるなんて知らなかったよ。だから、おじさんが廊下の奥の壁の前でひとりごとをぶつぶつ言いだしたときは、頭がどうにかなっちゃったのかと思っちゃった」
気軽に言うこども主人に対して、中年花屋はかたい表情で
「おれを、つけていたのかい?」
「えっ?……うん。メッヒに言われてさ」
のりこは結婚式の直前に、番頭に言われていたのだ。
「――あるじ。もうしわけありませんが、これからあなたはこっそり花咲を見張っておいてください」
「えっ?おじさんを?なんで?」
あるじの当然の疑問に番頭は
「……私もはっきりなにかあるとは言えません。あくまで念のためです。本来、あるじの手をわずらわすようなことではないのですが、なにせ今は結婚式で従業員の手が足りないのです。私もおもてに出ていないといけないですからね」
「……ふうん。よくわかんないけど、見てるだけならいいよ」
「そうですか、おそれいります。いや、なにもなければそれでよいのです。
ただ、なにかおかしなことがあったら、お美和なりアンジェリカなりを呼んでください。けっして深追いしてはダメですよ」
「オッケ――」
(そのときはふかく考えなかったけど、メッヒが知りたかったのってこの部屋のことなのかしら?なら、おじさんにすなおに聞けばいいのにね。
あたし、狸さんのお式見たかったのに……)




