のりことあやしい旅館11
のりこはせまいシャワー室で体を洗うと、浴衣すがたで部屋にもどった。
すでにメッヒがふとんを敷いてくれていたので、あとは寝るだけだ。
横になると、部屋の外の廊下や階段からメッヒやクワク、お客さんたちが通る声や足音がよくひびいてくる。
(これからは、このざわめきを毎日聞くんだ……)
少女の頭の中を、今日一日、朝から立て続けにおこった、あまりに多くの出来ごとがめぐった。黒犬、メッヒ、カズヨとの急な別れ、はじめて会ったおば、ルーシェやクワク、お客たち……
(――いったい、自分はこれからどうなってしまうんだろう?)
カズヨのもとをはなれて、こんな見ず知らずの旅館ですべて一からやり直すのだ。学校もまた変わるし、うまくやっていけるのだろうか?
そんな、当然うずまく不安と興奮も、一日のつかれには勝てない。いつの間にか少女はねむりの世界に落ちこんでいった。
のりこは夢を見ていた。そのなかでのりこは、あの黒いプードル犬(なぜだか熊ぐらいの大きさになっている)に追いかけられていた。
犬が大口を開けてのりこを食べようとするので悲鳴を上げたのりこは、その犬の口の奥に顔を見た。
「あっ!番頭……」
のりこは目をさました。
時計を見ると、まだ二時ごろだ。
体をおこしたのりこはぶるっときた。
(お手洗い行きたい……)
たしか廊下の奥に共用トイレがあったはずだ。カズヨの仕事上ひとりで夜をすごすことが多かったせいか、のりこはあまり闇をおそれない。平気でうすぐらい廊下に出てトイレに向かった。
すると通りがかった従業員部屋から光がもれていて、だれかがぼそぼそと話している声が聞こえた。
(あっ、さっきのお客さんだ)
そこには、さっき会ったクラレーヴァが浴衣すがたで、男衆のクワクと話しこんでいた。別にそのつもりは無かったが、こっそり通ろうとしたらぬすみ聞きみたいになってしまった。
「――のう、よいではないか。少し都合をつけてくれても」
「おゆるしあれ、クラレーヴァ。さようなことをかってにいたさば、それがしが番頭どのにしかられまする。みなへの分配というものがありますのでな」
体をくねらせせまるクラレーヴァに対して、
クワクはすっかりこまり顔だ。
「そのようにかたくなにならずともよいではないか?むかし、そなたが粗相をしたとき父上に取りなしたのはだれじゃったかのう?」
ニタリとわらうその口もとから
(えっ?舌がベロリとのびた?)
少女が思わず目をしばたたかすと、そんな長いものは見えない。気のせいだったか?




