のりことあやしい結婚式3
「ほう……わが旅館の門前でそんなさわぎをおこすとは、命知らずのおろかものもあったものですね」
のりこから報告を受けたメッヒは、一見しごく冷静に言った。
しかし、お美和やユコバックがその場にいたならば、番頭の目にやどるすさまじい怒りの炎にふるえあがったことだろう。
「そんな無礼をはたらくものには、無間地獄に落ちるよりもおそろしい目にあわす必要があります」
悪魔らしい番頭の過激なことばだったが、のりこも今日ばかりはそれに賛成だ。
「ほんと!ひどいことするよね。せっかくのおめでたい日になんてことするんだろう!」
ぷりぷりすると
「――おじさん、ごめんね。とんだ目にあわせちゃって」
もうしわけなさそうに、エプロンすがたの中年男性に水の入ったコップを差しだす。
「ゴクゴクッ――ふぅっ!まったく命がちぢむかと思ったよ!」
わたされた水を一気にあおると、命からがらたすけだされた「花咲のおじさん」……花咲史郎はながれる冷汗をタオルでぬぐった。
「この旅館と商売するのはふつうじゃないとわかっていたけど、こんなあぶない目に会うのははじめてだな」
そうわらう史郎は、この旅館の出入り業者にはめずらしく、ふつうの人間だった。
とはいえ多少はアチラ……異界とかかわることができる。
「のりこちゃんや幹久に比べたら、てんでたいしたことないけどな。サカイモノってほどじゃない」
彼はのりこの父・幹久とはなじみだったから、はじめて会った時から少女には親切だった。
のりこも、折あるごとに話をよくしていた。化けものに追いかけられたり、置時計の中でむちゃな試練にあったりした話を
「――そうかい。おじょうちゃんはまだちっちゃいのにたいへんだねぇ」
と親身に聞いてくれるおじさんは、のりこにとってうれしい人だった。
そんな花咲史郎だから、少女がもうしわけなさそうにしても手をふるだけで
「のりこちゃんがあやまることじゃないよ。助けてもらったんだしね。
それより商品になにもなくてよかった。花に傷でもつけてたら、また親父にどやされるとこだ」
史郎の父で社長の大二郎は「花咲のじいさん」とよばれる花あつかいの名人で、目利きや手入れに関してはまだまったく息子をみとめてない。
しかし、よる年波には勝てず搬送などはまかすことが多くなっていた。
「とにかく、オレはとっとと商品を会場に運んじゃうよ」
「ええ、おねがいします。アンジー、手伝いを」
「わかりましたわ」
今回、結婚式の飾り花としてつかう植物には、お客さまの要望でかわったものは入れていない。
ごくごくふつうのユリやバラ、アイリスやキクといった花々に、シラタマホシクサやケマンソウ、ハギといった野草をとりあわせたものである。
花屋と力じまんの女中は、それら大量の花をもって会場となる広間にむかった。




