のりことあやしい旅館10
「マドモアゼルは、この宿の娘さんですか?」
「ええっと……たぶん、そう……なのかな?」
どう答えたらよいかわからず、とまどっているのりこを
伊達男はおかしそうに見て
「――しかし、こんな宿にあなたのようなコドモがいるとはふしぎデスネ。ここは危険な宿ではないデスカ?」
「……危険?」
なんだか伊達男はのりこに軽口をたたきながらも、旅館の端々(はしばし)を油断なく観察しているようだ。特に帳場が気になるらしい。まるで
(なにかを探ってるみたい)
意味がわからず首をかしげるのりこのうしろから
「当館に、なにも危険ことなどございませんよ」
いつのまにか立っていたのはメッヒだった。
「アア、失礼。夜の玄関にコドモがひとりいたものでね。……部屋はありますか?」
「――とびこみですね。はい、空いております。一名様ですね」
「ウィ。そうデス」
「ではお名前をご記帳いただいて……二階におつれします。お上着をあずかりましょうか?」
「ノン。ワタシはこのままでけっこう」
「……さようですか」
なんだかメッヒの伊達男を見る目はふきげんに見えた。宿のことをけなされたと思ったのだろうか?
お客のチェック・インがひと段落つくと、メッヒはのりこを泊まる部屋につれていった。
「……いま空いているのはこんな部屋しかないもので。もうしわけありません」
それは一階の階段そばにある四畳半ほどの古びた和室だった。
もともとは女中の住みこみ部屋のひとつだったらしい。たしかにけっして豪華とは言えなかったが、今までカズヨとふたり、せまいアパートを転々としてきたのりこにしてみたら、十分りっぱな広さだった。
ちいさなちゃぶ台に、できあいのお弁当がおかれていた。
「今、当旅館には料理人が不在なもので、こんな仕出しのものしかお出しできません」
そう言ってお茶を入れてくれるメッヒに、のりこはあたまをふった。
カズヨと食べていたスーパーの弁当よりずっと豪華な幕の内弁当だ。
「あなたは食べないの?」
塩鮭焼を箸でつまみながら少女がたずねると、
番頭は
「私はけっこうです。まだ用事がありますので。……それと、お風呂ですが、大浴場の釜たきもおりませんので、シャワーですましていただくことになります。……もうしわけありません」
おさえて言っているが、そのことばのはしばしから満足なサービスが提供できないことへのはずかしさとくやしさが見えた。
どうやら今、この旅館には人手が不足しているらしい。
番頭とクワクだけでまわしているようなのだ。
それはたいへんなことだろうと、はたらいたことのない少女でも思った。




