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第16話 花火大会

 周りが夕闇に包まれ始める。空はまだ若干の明るさがあるが、周りに灯りがないと人の顔が分かりづらい黄昏時。



 ()(かれ)

 われをな問ひそ

 九月(ながつき)

 露に濡れつつ

 君待つわれそ

  ー詠人不知(よみびとしらず)ー(万葉集)



 『あの(ひと)(あなた)は誰ですか』と言いたくなるくらい、周りは知らない人だらけになってきた。


 お腹が空いてきたので露店で食べ物を買う事になった。

 私と楓は焼きそば。久保田君はお好み焼き。渡辺君と佐藤さんはタコ焼きとソーセージドッグ。

 堤防の近くに大きな公園があり、仮説のトイレやゴミ箱、ベンチが設置されていた。私達は公園に移動して自販機で飲み物を買うとベンチに座り、食べ始める。


「ふーふー。哲也君、あーん!」


 渡辺君が口を開けたところに佐藤さんがタコ焼きを冷ましてから放り込む。


「あふっ!あふっ!ふまい(うまい)!」


 渡辺君が口をハフハフさせている。目が涙目になってるよ。


「哲也君、大丈夫?熱かった?」

「い、いや。大丈夫だ。冷たいお茶をくれ。」

「はい、どうぞ。」

「真由美に口移しで飲ませて欲しいな。」

「人前では恥ずかしくてできないよ。二人きりの時にね?」


 うん。二人は今、さとうきび畑の中にいるよね。ザワワ…ザワワ…ザワワ〜


「うっかりしてたわ。」


 楓が焼きそばを見て愚痴っている。私は楓に訊いてみた。


「何が?」

「これよ、これ。」


 楓がお箸の先で、焼きそばの上にかかる緑色の粉を指す。


「青海苔。要らないって言えば良かった。」


 青海苔は高級品なので、露店で売られている焼きそばにかかってるのは恐らくアオサだろう。


「歯にへばりつくと嫌なのよね。」


 歯に付く青海苔アオサを気にするあたり、さすが大和撫子だな。私なんか気にせずに焼きそばガッツいちゃうもの。


 皆んな食べ終わってお腹も膨れた所で、花火がよく見える場所へと移動する事にした。

 堤防の上に上がりやすい様に幾つかの仮設階段が設置されている。堤防の上に上がると、人でごった返していた。


「あれ?渡辺君と佐藤さんがいない。」


 さっきまで前を歩いていた二人が居ない事に私は気づいた。久保田君は別に気にしていない様子だ。


「探さなくていいのかな?」

「貴子。それは野暮というものよ。」

「あの二人なら大丈夫だろ。」

「二人がそう言うのなら、いいか…」


 この人混みの中、二人を探すのは至難の技と思い、私も早々に諦めた。


ドンッ!


「きゃっ!」


 後ろからやって来た男の人にぶつかられて、私はよろけてしまった。


「大丈夫か?」


 久保田君が私を抱きとめてくれる。

 私はプールで久保田君に抱きしめられた事を思い出してしまい、顔が急激に熱くなった。


ドックン


 心臓が大きく萎縮する。なんだか息苦しい。


「あ…ありがとう…大丈夫だから。」


 私はそう言って久保田君から離れる。


「行こうか。」


 久保田君がそう言い、私達は仮設階段を使い河原側へと下りた。


「あっちの方が空いてそう。」


 楓が比較的に人のいない方を指差し、そちらへと移動を始める。

 河原では花火の打ち上げがいまかいまかと待ちわびる人が立ち止まっているので、なかなか進めそうにない。

 それでも久保田君と楓は人混みを縫う様にをスイスイと歩いていく。私は人混みの中を歩くのが苦手なので二人に遅れを取りそうになる。


 気がつけば、私は久保田君の浴衣の袖下を左手で掴んでいた。


「はぐれるなよ。」


 久保田君が私の方を振り返り声をかけてくれる。


『え!』


 私はあまりの驚きに声が出なかった。

 久保田君の右手が私の左手をそっと握ってきたからだ。


ドックン


 まただ。私の心臓が大きく萎縮した。私の顔が一段と熱をおびてくる。


「この辺でいいかしら?」


 楓が言った。仮設階段から少し離れると人混みも先ほどではなくなってきている。

 ここで花火を見る事にし、足を止めた。


 私は繋がれた久保田君の手を離そうとした時だった。



ヒュルルル〜〜ドーーーン


 夜空に赤色の大きな菊の花が咲いた。


 私は花火の轟音に驚き、思わず久保田君の手をギュッと握りしめてしまった。

 久保田君が私の顔を見た。視線が交錯する。


「ごめんなさい。」


 私は手の力を抜いて、久保田君の手を離した。


「綺麗だ……な………は……な…び…」


ヒュルルル〜〜ドーーーン


 花火の音にかき消され、久保田君の声は『綺麗だ』としか聞こえなかった。


ドックン


 心臓が跳ねる。

 私は久保田君の顔を見た。


ヒュルルル〜〜ドーーーン


 久保田君は花火を見ている。


ヒュルルル〜〜ドーーーン


 私は花火が終わるまでの三十分間、花火の明るさに照らされる久保田君の顔ばかり見ていた。

お読みいただきありがとうございました。


(`-ω-)y─ 〜oΟ

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