第15話 特技
立秋を過ぎた昼下がり。コンビニから帰ってきて郵便受けを開けると絵葉書が一枚、届いていた。中学時代の同級生からだった。
『残暑お見舞い申し上げます…』
暦は秋なのにこの暑さはいつまで続くのかしら?
そんな事を考えながら玄関のドアを開けて家に入る。
今日は近くの川縁で花火大会がある。久保田君、楓、渡辺君、佐藤さんと一緒に行く約束をしている。私が遊びに行くメンバーはこの四人に固定化していた。
「お母さん。浴衣着るの手伝って。」
リビングでテレビを見ていた母に声をかける。
「すぐに行くから。」
母の返事を聞いて、私は階段を上がり自分の部屋に入る。私の部屋はモワッとした熱気に満たされていた。
エアコンのスイッチを入れ、窓のサッシをガラガラと開ける。
外を歩いていた時は暑いと思っていたが、今は外の方が涼しく感じられる。
しばらくして幾分エアコンが利き出したので窓を閉め、遮光カーテンも閉じると一気に部屋が暗くなった。部屋の灯りを点けてベットに目をやると、たとう紙に包まれた浴衣が置いてある。
去年まで着ていた浴衣が少し小さくなったので、今年は新しい浴衣を買ってもらった。ちなみに去年の夏と比べて身長は八センチ、バストがDからFへと成長している。
たとう紙を開く。中から白い生地に青一色で紫陽花の花があちらこちらに描かれている浴衣が中に入っていた。
母が部屋に入ってきたので着付けを手伝ってもらい浴衣に袖を通した。
髪のセットを母にしてもらい、自分で薄化粧を施すと準備完了。時刻は午後三時半。四時に最寄りの駅で待ち合わせをしている。駅まで私の歩く速さで十分くらいなので、ちょうどいい時間だ。
「いってきます。」
「いってらっしゃい。気をつけるのよ。」
私が草履を履いていると、母が見送りに玄関まで来てくれた。
私は下駄より草履が好きだ。昔、下駄を履いた事はあるけど足が痛くなった事があるので、それ以後は草履にしている。
そろそろ夕刻に差し掛かる頃だが、まだ日差しがキツく、汗をかかない様にゆっくりと歩いたので、駅に着いたのは待ち合わせの五分前だった。
「貴子〜こっちよ。」
改札口の前で楓が手を振っていた。四人とも揃っていたので、私が最後だった。女子は全員浴衣だった。久保田君は浴衣で、渡辺君は甚兵衛だった。駅の軒先が作る日陰に入ると、日光を浴びない分だけ暑さが和らぐ。
「暑いね〜」
「これ使いなよ。」
私が暑い事を愚痴っぽく言ったら、久保田君が帯にさしていた団扇を背中から抜いて貸してくれた。
「ありがとう。」
久保田君の細やかな気遣いが嬉しい。
「貴子には優しいのね。」
「何が?」
「私には団扇を貸すそぶりも見せなかったのに。」
「暑そうにしてなかったからな。」
「そういうのは察しなさいよ。」
団扇を巡って久保田君と楓が揉め出した。これがホントの団扇(内輪)揉め?
「まあまあ、痴話喧嘩もほどほどに。」
渡辺君が仲裁に入る。あー、内輪揉めじゃなくて痴話喧嘩ね。
アレ?痴話喧嘩って愛情のもつれによる喧嘩じゃなかった?
「痴話喧嘩じゃねぇよ!」
「痴話喧嘩じゃないわ!」
二人が全否定してるから違うんだろう。きっと…
「はいはい…じゃ、そういう事で。全員揃ったから、行こうぜ。」
渡辺君がそう言って歩き出した。全員がつられて歩き出す。
後ろから見ていて気がついた。渡辺君の横を歩く佐藤さんの右手が渡辺君の左手と手を繋いでる。しかも恋人繋ぎ。
佐藤さんの顔が少し赤い。うん、アレは恋する乙女の顔だ。へぇ〜付き合い出したんだ。おめでとう。
花火大会の会場までは駅から歩いて三十分ほどかかる。駅前の商店街も花火の見物客目当てで店の前で色々と屋台を出していた。花火開始は八時なので、まだ時間があるから商店街もさほど混雑していない。
商店街を抜け、しばらく歩くと道路脇に露店がちらほらと現れだした。
「花火まで時間があるし、露天をウロウロしよう。」
久保田君の提案に全員が頷いた。
「射的があるぜ!」
「私、アレが欲しいな。」
渡辺君が射的の露店の前で足を止めた。佐藤さんが欲しい景品を指差す。
「任せとけ!」
渡辺君は店のおじさんにお金を払い、コルク弾を5個受け取った。
結論からいくと5発とも景品に当たったけど、景品が倒れる事はなかった。
「惜しかったね〜でも全弾命中って哲也君、カッコ良かったよ。」
「そうか〜?ま、俺ほどの腕前だから真由美のハートを撃ち抜けたんだけどな!」
「もう、自分で言ってて恥ずかしくない?」
「なにを恥ずかしがる必要がある?俺の愛が真由美に響いたんだろ?」
「ちょ、恥ずかしいからそんな事言わないで。バカ…」
「真由美、照れるなよ。」
「ウフフ、哲也君…」
うーん…バカップルが砂糖を周りに撒き散らしてます。佐藤さんなだけに…
隣の綿アメの屋台を見て、私はゲップがこみ上げた。
その後、金魚掬いがあったので私と楓がチャレンジした。
結果は私も楓も一匹も掬う事なくポイが破けて終了した。
「紀夫、貴方たしか金魚掬いが得意だったわね。」
「俺はやらねぇぞ。店に迷惑かかるし。」
「やりなさいよ。」
「え?久保田君、金魚掬いが上手なの?見てみたいな。」
久保田君は金魚掬いが上手だと楓が言うので、私も見てみたくなった。
「佐伯さんが言うなら…」
久保田君は渋々ながら金魚掬いをしてくれるみたいだ。久保田君はお金を払いポイを受け取る。
圧巻だった。水槽に泳いでいた和金がほぼ掬われて、残り十数匹が泳いでいるだけとなった。
「おいおい、まぢかよ…」
「あのおにいちゃん、すげぇ〜」
金魚掬いの露店の周りは人集りとなった。子供達がヒーローを見るかのような目で久保田君を見ている。
久保田君の手に持つポイはまだ破れていない。
「兄ちゃん、兄ちゃん。好きな金魚持って帰っていいから、その辺で勘弁してくれ。」
露店のお兄さんが久保田君にお願いしていた。
和金は持って帰ってもすぐに死んでしまうので、出目金をもらう事にした。渡辺君は要らないと言ったので、私と楓、佐藤さんそれぞれ一匹ずつ出目金を貰った。楓と佐藤さんは赤い出目金。私は黒い出目金にした。
私は久保田君の意外な特技を知る事ができて嬉しかった。
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(`-ω-)y─ 〜oΟ